世界文学の名作はこれ【モーム先生おすすめの十大小説】
『世界の十大小説』という名著があります。
イギリス文学の人気作家サマセット・モームが、世界の小説からトップテンを選びおすすめしてくれる本です。岩波文庫で読むことができます。
ブックガイドとしても、一流の批評書としても読めるたいへん面白い読み物。作家の生涯もかなりくわしく語っていて、作家ごとの人となりを知ることもできます。
モームは何をトップテンに選んだのか?
以下、それを見ていきましょう。
ヘンリー・フィールディング『トム・ジョーンズ』
トップバッターはヘンリー・フィールディング。18世紀の人で、英文学のなかでわりと伝説的な地位にいる作家です。ディケンズもサッカレーも、フィールディングを称賛しています。
『トム・ジョーンズ』はフィールディングの代表作にして、18世紀イギリス文学の代表作。コールリッジによると、構成の見事な文学作品を3つ挙げるならこれが入ってくるとのこと。丸谷才一は、夏目漱石の『坊っちゃん』がこれの影響下に書かれた可能性を指摘しています(『闊歩する漱石』)。
モームいわく、「教養ある人の談話」を思わせる文体がフィールディングの特徴とのこと。各巻の最初にエッセイを置く変わった構成も特徴。なおモームはエッセイを読み飛ばすことを推奨している模様。
ちなみに僕はフィールディングを読んだことがありません。今の日本人で『トム・ジョーンズ』を読んだ経験のある人はそうとうレアだと思いますね。
ジェイン・オースティン『高慢と偏見』
女流作家の頂点に君臨するジェイン・オースティンの代表作。18世紀前半のイギリスの人です。
本作は現代でも大衆的な人気を誇り、映画化もしょっちゅうなされています。
モームは『説き伏せられて』と本書が双璧をなすという評価を与えています。逆に『エマ』に対しては辛辣で、笑ってしまいます。ちなみに僕も完全に同意見。
『高慢と偏見』は本当に面白いですよ。僕は最初に新潮文庫で読み、想像していた以上に面白かったので、続いて原書も買って読んだほどです。恋愛小説なのだけど、恋愛小説に興味のない人間が読んでも楽しめるところが驚異。
モームはオースティンの長所にユーモアがあることを指摘しています。これは重要だと思う。
スタンダール『赤と黒』
19世紀フランスの小説家スタンダールの代表作。
興味深いことに、スタンダールは自分で物語を考え出すのが苦手だったらしい。ゆえに、作品のプロットはほぼすべてが他の人の作品や現実の事件からの借り物だといいます。『赤と黒』もその例にもれず。
といっても単なるパクリではなく、アレンジを加えて自分の色に染めるわけですね。実はシェイクスピアもほとんどの作品をこうやって書いています。
モームいわく、スタンダールはとくに心理描写に優れていた模様。僕はまだこの人の作品は読んだことがないですね。
バルザック『ゴリオ爺さん』
19世紀フランスの文豪バルザックの代表作です。
モームはバルザックを最大の天才と言い切っています。最大の長所は作品の多さとのこと。上の下から上の中ぐらいの作品を連発できるタイプ。
またバルザックがロマン主義者であったことを指摘しているのも興味深し。ロマン主義とは超簡単にいえば現実嫌いのことで、現実を超えるなにか大きなものに惹かれる傾向のことをいいます。僕がイメージしていたバルザックと違う感じ。
バルザックは人間喜劇というシリーズを思いつき、そこですべての作品がシリーズの一部を成し登場人物などが共通するという構成を発明しました。現代のエンタメ作品ではわりとよくある手法ですが、この手法を発明したのがバルザックです。
僕が唯一読んだことのあるバルザック作品がこれ。けっこう読みやすかったですね。パリという都を舞台に、俗人たちの欲望がうずまきます。
ディケンズ『デイヴィッド・コパフィールド』
19世紀イギリスの小説家ディケンズの自伝的作品。ディケンズは英国を代表する小説家で、日本でいうと夏目漱石みたいなポジションです。
モームいわく、ディケンズの長所はユーモアと人物造形。なかでもミコーバーはシェイクスピアのフォールスタフと並ぶ喜劇的人物とのこと。
ディケンズの人物造形の才能は本当に異常で、彼を超えうるのはドストエフスキーしかいないと思っています。ただしモームによると、ディケンズが無数のキャラを生み出せるのにたいし、ドストエフスキーは一定のキャラしか作れないという短所があります。
個人的にはドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』と並び、『デイヴィッド・コパフィールド』がいちばん面白いと思います。本作のユーモアはディケンズ作品のなかでもとくに強烈で、声を出して笑ってしまうシーンがしょっちゅう出てきますね。読むならユーモアの訳出が見事な岩波文庫バージョンで。
以上が岩波文庫版上巻の内容、以下は下巻の内容になります。
フローベール『ボヴァリー夫人』
19世紀フランスの小説家フローベールの代表作です。
モームいわく、フローベールはロマン主義者にしてリアリスト。現実嫌いだけど、その現実の醜悪さを暴くことで現実に復讐するというタイプ。
また題材の醜悪さを文章の美しさで補おうとしたようで、その美文にもモームは注意を向けています。
フローベールの伝記を見ると、どうもてんかんの持病をもっていたふしがあります。ドストエフスキーと同じですね。これは相当めずらしく、興味深いです。
病気の影響もあり、とても孤独な生活を送っていた模様。モームの『世界の十大小説』を読んでフローベールという人物に興味をもつ読者は多いと思います。僕はこの人の作品を読んだことがなかったのですが、今回にわかに興味が出てきました。
ハーマン・メルヴィル『白鯨』
19世紀アメリカの小説家メルヴィルの代表作。アメリカ文学最大の古典とも言われます。
メルヴィルは相当に破天荒な性格だったらしく、若い頃には家出をして船に乗って世界中を旅したそうです。『白鯨』に登場するような生活を実際にメルヴィルがしてたんですね。
ホーソーンと親しくなる機会もあったそう。メルヴィルはホーソーンに熱烈なリスペクトを表し、『白鯨』をホーソーンにささげています(ホーソーンは白鯨を気に入らなかった模様)。ちなみにホーソーンの『緋文字』もアメリカ文学を代表する古典です。
『白鯨』は普通の小説じゃないです。博物学やらなんやらの記述まで盛り込まれた謎の書物。僕は原書も読んだことがありますが、おそろしく難しくて読めたもんじゃないですね。
メルヴィルは17世紀の作家をモデルにしていたらしく、文章にはミルトンの影響も見られるとモームは指摘しています。
エミリー・ブロンテ『嵐が丘』
イギリスを代表する女性作家の一人エミリー・ブロンテの小説です。エミリーが短い生涯のあいだに書いた唯一の小説がこの『嵐が丘』。
モームいわく、『嵐が丘』は構成が拙く、文章も下手とのこと。しかしそうした欠点を吹き飛ばすほどのオリジナリティとエネルギーを秘めているんですね。
エミリーも相当な変人だったらしい。自分の世界に引きこもりがちな自閉的な少女だったといいます。モームはドストエフスキーとエミリーの二人を特に変人視しています。
ちなみに姉のシャーロット・ブロンテも世界的な小説家です。生前はシャーロットのほうが評価が高く、エミリーはほぼ無名でした。シャーロットの『シャーリー』の主人公はエミリーをモデルにしているそうです。
ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
19世紀ロシアの小説家ドストエフスキーの最後の作品です。世界文学史上の最高傑作ともいわれる有名な小説。
僕がいちばん好きな作家がこの人です。
モームは世界の十大小説に『カラマーゾフの兄弟』を含めているわけですが、実際にはドストエフスキーと相性が悪いと思いますね。
ドストエフスキーはよく、自分の作り出したキャラクターを現実以上の現実だと言うんですね。しかしモームはそれを理解できないと本書に書いています。あんな異常な人物たちが現実的であるわけがないといって。
けれどもドストエフスキー作品のファンであれば、上記のドストエフスキーの言葉ははっきりと理解できるはず。ここがピンとこないということは、相性がよくないんだと思います。
トルストイ『戦争と平和』
最期は19世紀ロシアの小説家トルストイの『戦争と平和』。ドストエフスキーとロシア文学を、いや世界文学を二分する巨匠の代表作です。
モームいわく世界でもっとも偉大な小説がこれ。ナポレオン戦争時代のロシアを舞台にした歴史小説のような作品です。
トルストイは家庭生活が悲惨だったそうです。最後は家出して、途中の駅で野垂れ死にします。トルストイはシェイクスピアの『リア王』を認めていなかったそうですが、皮肉なことにリア王のような最期となりました。
僕はまだ『戦争と平和』を読んだことないんですよね。光文社古典新訳文庫から新訳が刊行されはじめたので、それが最後まで出たら読み始めようと思っています。
まとめ
以上、モームが選んだ世界の十大小説でした。
ヘンリー・フィールディング『トム・ジョーンズ』
ジェイン・オースティン『高慢と偏見』
スタンダール『赤と黒』
バルザック『ゴリオ爺さん』
ディケンズ『デイヴィッド・コパフィールド』
フローベール『ボヴァリー夫人』
メルヴィル『白鯨』
エミリー・ブロンテ『嵐が丘』
ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
トルストイ『戦争と平和』
近代西洋ばっかりかよというツッコミも入りそうですが、まあそれがモームの立場ということで。
モーム本人の小説なら『月と六ペンス』がおすすめでしょうか。
画家のゴーギャンをモデルにした作品で、コンパクトなのですぐに読み終わります。僕は原書で読みました。
あとは『人間の絆』とかも有名ですね。こっちは新潮文庫で読んだことがあります。
僕にはあまり合いませんでしたが、人によっては本書に紹介された古典よりも、モーム作品のほうを面白いと感じると思います。