哲学史の名著はこれ【入門者~中級者におすすめ10冊】
哲学の入門者には、最初に哲学史の本を読むことをおすすめします。
まず全体の流れを見渡して、それから個別の分野に入っていく。そうすると理解がスムーズになる。どの分野の勉強でもよくこう言われますよね。
哲学でもそれは同じなのです。個々の哲学者を追いかける前に、全体の流れを把握しておくのが近道です。
したがって最初に哲学史の本をざっと読んでおくことを猛烈におすすめします。
じゃあどの本を読めばいいのか?
以下、おすすめの哲学史テキストを10冊紹介します。
飲茶『史上最強の哲学入門』(河出文庫)
哲学史の知識がほぼゼロの完全な初心者には、まずこれがおすすめ。
哲学史を哲学者同士の対話(バトル)と見なし、ソクラテス以前の哲学者から現代思想にいたるまでをざっくりと面白おかしく解説した良書。
たとえばソクラテスは「真理に殉じた最強の論客」と呼ばれ、得意技は「無知の知」とされます。あるいはプラトンは「哲学界の最強エリート」と呼ばれ、得意技は「イデア論」、デカルトは「近代哲学の偉大なる父」と呼ばれ、得意技は「方法的懐疑」。
一見ふざけたような企画ですが中身は意外としっかりしていて、おまけに著者の鋭い哲学的センスがそこかしこで光ります。
完全な初心者が哲学史の全体像をつかまえるうえで非常に役に立ってくれる本。
ちなみに本書は東洋哲学版も出ていて、実はそっちはさらに強力な良書だったりもします。
木田元『反哲学史』
日本を代表するハイデガー研究者が書いた哲学史。講談社学術文庫から出ています。
コンパクトかつ平易な文章で、初心者に最適です。本文は約250ページ。この分量でギリシア哲学から現代哲学までを駆け抜けます。
タイトルの反哲学史というのは、哲学をやたらとありがたがるのはやめて、それを相対的に眺めてみようという著者の意思が反映したもの。
内容的にはハイデガーの哲学史をベースにしています。そのぶん独特の偏りはありますが、全体の流れを把握するには問題ありません。
関連:プラトンは何故イデア論を自己批判したのか『反哲学史』【書評】
熊野純彦『西洋哲学史』
岩波新書から出ている、オーソドックスな哲学史。現時点での定番書といえばこれかも。
上巻と下巻にわかれ、けっこうマイナーな哲学者までも扱っています。かなり網羅的な本。
新書とはいえ、記述のレベルはわりと高め。入門者におすすめの本ではありますが、完璧主義で読もうとするとけっこうな確率で挫折するかも。
あくまでも全体の流れをざっと把握する目的で読むのがいいと思います。
クラウス・リーゼンフーバー『西洋古代・中世哲学史』
平凡社ライブラリーから出ている隠れた名著。古代と中世の西洋哲学を取り扱っています。
中世をくわしく解説している点が本書の強みですね。トマス・アクィナスらのスコラ哲学から、キリスト教の神秘思想まで。
記述はおそろしく簡潔。これで入門するのはきついかも。要点がビシッとまとまっているので、知識の整理に使うとものすごく役に立ちます。
関連:哲学史の隠れた名著 リーゼンフーバー『西洋古代・中世哲学史』【書評】
ルーベンスタイン『中世の覚醒 アリストテレス再発見から知の革命へ』(ちくま学芸文庫)
西洋中世の哲学史ならこれがおすすめ。哲学史の本ってたいてい中世はちょっと触れるぐらいで済ませますよね。もう少し中世についても知りたいという人は、まずこれを読むといいでしょう。
著者は中世哲学の専門家ではないのですが、それが功を奏し、中世哲学特有の過剰なアカデミックさがなく、読みやすい本に仕上がっています。トマス・アクィナスの専門家である山本芳久も本書に太鼓判を押しているので、クオリティも心配なし。
アリストテレスから説き起こしている点も魅力です。アリストテレスはどのような境遇に生き、どのような哲学を展開したのか。ローマ時代末期のボエティウスらはいかにアリストテレスの文書を継承したのか。イスラムの学者たちはいかにアリストテレスを受け入れたのか。中世のスペインでいかにアリストテレス再輸入が果たされたのか。このような中世哲学の前史がとくに面白い。
正直なところ中世哲学そのものに突入するとやっぱり退屈だったりするのですが(面白いと感じた人は特殊な才能があります)、この領域を解説した本でこれほどキャッチーなものはなかなかないと思います。
カール・レーヴィット『ヘーゲルからニーチェへ』
知る人ぞ知る、近代哲学史の超名著。2015年に岩波文庫に入り、アクセスしやすくなりました。
タイトルにあるようにヘーゲルからニーチェまでの哲学の流れが解説されます。
ゲーテとヘーゲルの対置に始まり、老年ヘーゲル派、ヘーゲル左派、マルクス、キルケゴールなどなど。
それぞれの哲学者がヘーゲルといかに格闘したかという観点から、近代哲学史が描かれます。
ちなみに著者のレーヴィットはハイデガーの弟子です。内容がハイデガー的かというとそうでもなくて、むしろ師の思想から脱却しようとする意図が見えます。
シュヴェーグラー『西洋哲学史』(岩波文庫)
19世紀ドイツの哲学者シュヴェーグラーによる哲学史の古典です。岩波文庫版が出たのは1939年で、僕がもってるのは2008年の83刷。現在だと100刷超えてるかも。大変なロングセラーになってます。
シュヴェーグラーは19世紀ドイツのヘーゲルチルドレンの一人なのですが、内容がヘーゲルのコピーかというとそんなことはありません。理性偏重気味のヘーゲルに対して、シュヴェーグラーは感性や具体的現実にも注意を払うバランスのよさをもっています。まあ全体としてはヘーゲル的ではありますが。
文体は堅めなものの、内容は明晰でわかりやすいです。しかも表面をなぞる感じではなく、深部にあるコアをえぐり出す感じ。中級者が読むと哲学史の理解が一段と深まると思います。僕は本書ほどわかりやすいアリストテレスの解説は読んだことがなかったです。
ヘーゲルまでしか書かれていないのは弱点ですね。例えば論理学は20世紀以降に進化したので、本書の論理学についての記述は古いです。そこらへんは他書で補う必要がありますが、中上級者におすすめの名著であることは確かです。
関連:ソクラテスとプラトンとアリストテレス シュヴェーグラー『西洋哲学史』【書評】
バートランド・ラッセル History of Western Philosophy
洋書からも一冊。20世紀最大級の知性バートランド・ラッセルのノーベル文学賞受賞作品です。
ラッセルの美文は英語学習者のあいだで有名ですが、本書でもそれが炸裂します。エッセイのように読める哲学史。
構成もしっかりしていて、まずそれぞれの哲学者の伝記が軽くスケッチされ、その次に思想がわかりやすく要約されていきます。
そして最後に、ラッセルの論理学的アプローチでそれぞれの思想にツッコミが入るという流れ。独自の視点から批判のメスが入ることで、思想家への見方が多角的になり、理解が深まります。
デューイやベルクソンまでしか取り扱っていないのは弱点です。フッサールは出てきませんし、ハイデガーやウィトゲンシュタインらも登場しません。
日本語訳も出ていますが、残念ながら入手しづらいです。僕は英語でしか読んだことがないので、日本語訳がどんな感じになっているのかはコメントできません。
関連:【洋書】西洋哲学史の名著といえばラッセルのこの本【書評】
加藤周一『日本文学史序説』
最後に日本の哲学史も。加藤周一による名著『日本文学史序説』(ちくま学芸文庫)をおすすめします。
タイトルに「文学史」とありますが、加藤は空海や道元、あるいは西田幾多郎や和辻哲郎までをも文学のカテゴリーで捉え解説していきます。
したがって本書は日本の思想史の本としても読めるわけです。個々の記述は簡潔ですが、大まかな流れをつかむのに最適。
アジアやヨーロッパなどの各国語に翻訳され、日本研究のバイブルとなっている名著です。
なお東洋哲学の解説書については以下の記事も参考にしてみてください。
野家哲一『科学哲学への招待』
科学哲学からも一冊。野家哲一の『科学哲学への招待』です。元々は放送大学用のテキストだったもので、異様なわかりやすさを誇ります。
3部構成で第2部が科学哲学なのですが、第1部で科学史を、第3部で科学社会学も扱っています。
第1部を読むと自然科学の歴史をざっとおさらいできます。第3部は現代社会における科学の問題に焦点を当てていてこれまた非常に重要。科学が産業科学と化し、他の領域と密接に絡み合わざるをえなくなった状況が解説されます。
当然ながら第2部の科学哲学も秀逸です。科学哲学の全体像とその大まかな歴史を把握できます。とくにクワイン解説のわかりやすさは異常。
科学哲学はそこそこ入門書が豊富ですが、歴史的なアプローチが好きなら本書が最上級になると思います。
関連:クワインの科学哲学をわかりやすく解説【ネオプラグマティズムへ】
以上、哲学史のおすすめ本を紹介しました。
これらのテキストで全体の流れを把握しておくと、個々の思想家の議論についていきやすくなります。
なお哲学系古典のおすすめ本はこちら。