なぜ日本人は社交性がないのか『タテ社会の人間関係』【書評】

2021年1月29日

中根千枝『タテ社会の人間関係 単一社会の理論』を再読。講談社現代新書を代表する名著の一冊です。

社会人類学の方法を使い、日本社会の構造を浮き彫りにします。

タイトルからしてなんか具体的な話が書かれてそうな感じはしますよね。しかし実際は逆で、めちゃくちゃ抽象度の高い議論が展開されます。

「社会構造の比較研究」が社会人類学のモットーだそうで、レヴィ・ストロースの構造主義が思い出されたりもします。柄谷行人が指摘するように、構造主義のルーツって数学にあるんですよね。社会を対象にしながらも、数学的な抽象性のある議論が展開されます。

といっても別に数式とかは出てこないし、文章はめちゃくちゃ読みやすいです。

日本論とか日本人論とかをテーマにした本は山ほど出ていますが、とりあえずはこれを読んでおけばオーケーだと思います。

逆にこれを読まずして日本社会の性質について論じるのは無謀かも。180ページくらいのコンパクトな新書なのですぐに読めますよ。

資格の社会と場の社会

本書では資格の社会と場の社会の対比で話が始まります。

一方に資格の共通性で集団の成員を決める社会があります。たとえばインドがそれ。もう一方には場の共有で集団の成員を決める社会があります。日本はこれ。

場の強化には感情的な一体感が不可欠。ここから日本社会の感情重視の性質が導かれます。

日本人には社交性がないという指摘が興味深し。社交性とは場の外部の人間と上手く接する技術だからですね。場の内部にいるかぎり社交性は育たないし、そもそも必要ないとさえいえるわけです。

これの対極は場の内部で上手く和を維持する能力です。いわゆる「空気を読む能力」ですね。日本人が秀でているのは社交性ではなくこっち。

社交性と場の空気を読むスキルを対比的に捉える考え方、すごく使えそう。

資格社会は空間と時間を超えて成員のネットワークが維持できるという指摘も説得力があります。中国人やインド人が海外でも強い理由ですよね。逆に場から切り離された日本人ほど惨めで心細い存在はないともいえます。

 

日本は宗教的社会ではなく道徳的社会だという指摘も納得。

宗教は場を超越した場所に絶対的で普遍的なルールを作ります。しかし日本は場の人間関係が何よりも重視され、相対的な社会道徳が強いんですね。場の変化によって善悪の中身はコロコロ変わります。

現在の世界を見るに、超越的なルールで命じるよりも、場の空気でガチガチに縛るシステムのほうが、秩序を達成するうえでは強力かもしれないですね。

 

このような社会を成り立たせる地盤は成員の単一性であると著者は指摘します。逆にいうと単一性が崩れれば社会のあり方も変わってくるということですよね。

これからの日本は移民の受け入れが不可避ですから、おそらく将来的には場の社会という性質が薄れる方向に向かうと思います。

場の社会という性質は外国人の受け入れと相性最悪なのですが、今のペースでいったら社会自体が崩壊しますからね。社会の崩壊よりは社会の変質のほうが選択されるでしょう。