ループ量子重力理論に入門『すごい物理学講義』【書評】

2020年12月1日

相対性理論と量子力学をいかに統合するか?

これを試みる量子重力理論のうち、最有力の一つと見なされているのがループ理論です。

『すごい物理学講義』(河出文庫)はそのループ理論研究の第一人者カルロ・ロヴェッリが一般向けに理論を解説した本。

これ相当おもしろいです。今まで読んだ現代物理学の啓蒙書では一番かも。

第一部ではニュートンとファラデーまでの物理学がざっくり解説されます。デモクリトスを中心とした古代ギリシアの哲学が参照される構成も独特。

空間と時間は絶対的な容器としてイメージされます。このへんめちゃくちゃわかりやすくて頭の整理が進む感じ。

 

第二部は相対性理論と量子力学の解説。主役はもちろんアインシュタイン。

空間と時間は巨大な軟体生物としてイメージされます。時空間という軟体生物が存在し、その部分があれこれの存在者をしている感じ。

相対性理論の説明もわかりやすくて感動的。ただし量子論はかなり駆け足の説明で、このへんからわかりやすさという点では雲行きが怪しくなってきます。

 

第三部が本書のコア。ループ理論の説明です。

相対性理論と量子論には矛盾があり、両者をなんとか統合しようという試みが量子重力理論なのでした。

量子重力理論でもっとも有名なのは超ひも理論ですね。興味深いことに、日本では研究者も解説書もこればかりだそうです。

しかし量子重力理論にはもう一つの有力候補があって、それがループ理論にほかなりません。著者のカルロ・ロヴェッリはループ理論研究の第一人者です。

ループ理論とはなにか?

ループ理論とはどのような内容なのでしょうか。

細かい部分はよくわからないのですが(究極的には研究者たちにすらわかっていない模様)、そのコアにある主張は「世界には最小の長さが存在する」というものです。

言い換えると「空間は粒からできている」ということ。ニュートン時代、空間は容器としてイメージされました。アインシュタインではそれが時間と一体化した軟体生物に変わる。そしてループ理論では空間は粒として理解されます。

空間のなかに粒が存在しているのではありません。そうではなく、それ以上分割できない最小の粒から空間ができあがっているわけです。

相対性理論は量子場を組み込んでいません。一方で量子論は時空間の屈曲を組み込んでいない。

この矛盾が空間の量子(というか空間そのものである量子)を想定するループ理論によって解決すると著者は言うのです。

 

本書で古代の原子論者デモクリトスやその後継者ルクレティウスがやたらと参照されるのはこれが理由ですね。デモクリトスはループ理論など知りませんが、根底的なレベルで発想が同じですから。

↓本書でたびたび引用されるルクレティウスの本がこれ。岩波文庫から『物の本質について』というタイトルで出ています。

 

あと日本で超ひも理論のほうが人気なのもここと関係がありそう。

日本人の世界観って生成をベースにしていますよね。流れがあってそのプロセスとして存在者が生成してくるみたいな。

最小の単位としての存在者が世界の構成要素としてガチッと存在してるみたいな原子論的世界観は、日本人には合わないのだと思われます。

だから原子論的な発想のループ理論よりも、連続的な世界観の超ひも理論のほうが流行るんじゃないでしょうか?

 

ループ理論の帰結はいろいろと解説されています。たとえばブラックホールは極限の点まで押しつぶされるのではなくむしろ反発によって爆発するとか。

後半はかなり難易度が上がりますが、わかる部分だけでも拾い読みしていくと多くの知見が得られます。

こういう良書はとりあえず最後まで通読しておくのが重要です。

 

英語版も読んでみた

あまりに面白かったので、英訳版も買って読んでみました(なお原書はイタリア語です)

タイトルはReality is not What It Seemsといいます。サブタイトルはThe Journey to Quantum Gravity。なぜここから日本版のタイトルが「すごい物理学講義」になったのかは不明です。

文章は非常に読みやすい。話の内容さえ理解できればスラスラいけます。英語圏の読み物は小説がむずかしく、このような専門的な書籍のほうが文章が易しいのです。

せっかくなので、アリストテレスの物理学について語った箇所を引用してみましょう。内容的にも興味深いので。

It’s not wrong physics, as is frequently said. It’s an approximation. But the physics of Newton, too, is an approximation of general relativity. And probably everything that we know today as well is an approximation of something else which we don’t yet know. The physics of Aristotle is still rough, it is not quantitative (we cannot compute with it), but it is coherent and rational and enables correct qualitative predictions to be made.

読み直して思ったのですが、より一般向けな体裁をとっている『時間は存在しない』よりも本書のほうが説明もわかりやすい気がします。

『時間は存在しない』を読んだときは、時間という錯覚(物理世界に時間は存在しない)と熱力学第二法則を結びつける説明がチンプンカンプンだったのですが、本書の解説を読むとそこもだいぶ見通しがよくなります。

 

相対性理論や量子力学はなぜ哲学的なのか

本書を読んで再確認したのは、相対性理論とか量子論って哲学的だなということ。これは多くの人が感じることだと思うんですよね。

なぜそのように感じるのでしょうか?

これはおそらく日常的な概念が再構成されることと関係していると思われます。概念が流動し新しいカタチに再構成されるんですね。

科学は基本的に概念の同一性を前提として実験や観察がなされますよね。たとえばニュートンの時間や空間の概念を前提として、その後の研究は発展します。ウィトゲンシュタインが「科学はレールの上を走るだけ」と言ったのはこれを指しています。

しかし相対性理論では時間とか空間の概念自体が変わってしまうんですよね。意識が注目する対象が内側へと舞い戻り、ゲーム盤のルールそのものを書き換えてしまう感じ。

ここに哲学的なものを感じるんだと思います。

ヘーゲルは悟性的な思索と理性的な思索を区別しました。概念を固定して、あれこれと研究した結果をその概念のもとに結びつけるのが悟性的な思索です。これは哲学ではないといわれます。

一方で理性的な思索は、スタート地点となる概念が流動し、研究の結果新しいものへと再構成されてしまいます。ヘーゲルによるとこれが哲学です。

この観点からすると相対論とか量子論とかループ理論はもろに哲学なんじゃないかと思えてきますね。

とはいえ科学としての実証性や技術への応用可能性をもっていますから、現代の狭義の哲学に閉じ込めることも的はずれですが。

それでも科学以外のもっとなにかふさわしい名称で呼びたいなという気分になります。