『ウィトゲンシュタインのウィーン』マウトナーとヘルツとフレーゲの影響

ウィトゲンシュタイン, カント

ウィトゲンシュタインを扱った書籍は山ほど出ていますが、そのなかに『ウィトゲンシュタインのウィーン』(平凡社ライブラリー)という一風変わった有名な本があります。

ウィトゲンシュタインの哲学を、彼が生まれ育った地(ウィーン)に還元して理解しようとする試み。知識社会学のような趣がある本です。

著者はトゥールミンとジャニクのふたり。トゥールミンはケンブリッジ大学でウィトゲンシュタイン本人から教えを受けた経験もあるそう。

序盤がつまらなく感じて長い間積ん読だったのですが、今回は途中から読んでみました。中盤~後半はすごく面白い。ウィトゲンシュタインについて見通しがよくなるのはもちろん、ショーペンハウアーやキルケゴールについての整理が明快で感動的です。エルンスト・マッハなども登場。哲学史や科学史が好きな人ならほぼ確実にハマると思う。

『論理哲学論考』に代表されるウィトゲンシュタインの思想は、人生の意味に関するテリトリーを合理主義的な思弁の侵食から守ることだった。そのために彼はフレーゲとラッセルの現代論理学を使って、マウトナーの言語哲学を仕上げることになる。ヘルツが物理学において用いた方法を採用して…という話の流れ。

残念ながら文章は難しいです。議論もけっこう錯綜してくるタイプ。とくにウィーン社会の分析やその時代を代表するクラウスについての序盤の議論と、ウィトゲンシュタインに関する中盤以降の話がつながりにくいです。

最初から通読していくと序盤で投げ出したくなると思います。ウィトゲンシュタインに関心のある人は第5章から読み始めるのがいいでしょう。

ウィーン社会と論理哲学論考

この『ウィトゲンシュタインのウィーン』、とくに重要な登場人物は4人です。マウトナーヘルツ、そしておなじみのフレーゲとラッセル

すべてはカントから始まりました。カントは『純粋理性批判』において理性のテリトリーを定め、その外側に道徳を置いたのでした。

この流れをショーペンハウアーやキルケゴールは継承し、宗教や道徳といった領域を理性の侵害から守ろうとする流れができあがっていきます。

理性の限界を確定させんとするプロジェクト。ここに「言語」の観点を持ち込んだのはウィーンのジャーナリスト、フリッツ・マウトナーです。マウトナーは徹底した唯名論者であり、すべての哲学的問題は言語についての錯乱にすぎないという立場を表明します。

マウトナーの言語哲学はウィトゲンシュタインにも影響を与え、『論理哲学論考』にもその名前が登場します。

とはいえウィトゲンシュタインはマウトナーの方法をそのまま真似ることはしません。ここでヘルツの物理学が登場します。

ヘルツは物理学の限界確定作業を遂行した人物。いわばカント的な批判を物理学に対して行ったわけです。そのさいにヘルツは内側から限界を示すという方法を取りました。外側から境界線を描くのではなく、内部から論理を貫徹させることで、その体系の限界を自動的に示すというアプローチを取ったのです。

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ちなみにヘルツと対照的なのがエルンスト・マッハの方法で、いわばヘルツがウィトゲンシュタイン的なのに対してマッハはマウトナー的だといえます。

ウィトゲンシュタインはこのヘルツの方法を言語哲学に採用し、内的なロジックを貫徹させることで言語の限界を自動的に示すという方向性に向かいます。

そしてこれを遂行するための具体的な道具として使われるのが、フレーゲとラッセルの現代論理学でした。『論理哲学論考』に出てくる論理学的な道具はすべてフレーゲ由来。

関連:論理哲学論考の「論理」はフレーゲの論理学

このようにウィトゲンシュタインにとって論理学はあくまで道具にすぎず、『論理哲学論考』などの彼の著作はその根っこにおいてむしろ倫理学をテーマにしています。ちょうどカントにとっての最大の関心が道徳哲学であったのと同じです。

ウィーンの論理実証主義者らはウィトゲンシュタイン哲学の本体が論理学にあるとみなしましたが、本人からすればこれは心外だったわけですね。

また本書はウィトゲンシュタイン哲学の前期と後期に連続性を見るタイプのようです。ヘルツに対する終生変わらぬ畏敬がそれを表しているといいます。それどころか後期になるとマウトナーに近づく面さえあるとも。写像理論を捨てて言語の機能に着目したウィトゲンシュタインは、意図せずしてマウトナーの主張を復活させたと説かれます。

ウィトゲンシュタインを哲学史的に扱う研究って珍しいですよね。好みはわかれそうですが(とくにウィトゲンシュタイン好きの人は哲学史に関心のないタイプが多い)、僕は非常にワクワクさせられました。

『論考』を読むと多くの人が「カントっぽいな」と感じるかと思うんですが、本書はその漠然とした印象に明確な説明を与えてくれます。

なおウィトゲンシュタイン関連のおすすめ本は以下の記事も参考にしてみてください。