難しすぎる哲学書で打線を組んでみた【難解すぎて意味不明】

2021年7月29日カント, ハイデガー, ヘーゲル

難しすぎる哲学書で打線を組んでみました。僕が読んだことのある本だけが候補です。

ついでに言っておくと、ハイデガーの『存在と時間』は入っていません。つまり、スタメンに抜擢されている哲学書はすべてハイデガーより難しいと考えてオーケーです(なお人によって感じ方には差があります)。

以下、一つずつコメントしていきます。

ちなみに各商品リンクには当の哲学書ではなく、それを読むために最適な入門書を挙げておきました。

1 アンチオイディプス(ドゥルーズ&ガタリ)

1番はドゥルーズとガタリの『アンチ・オイディプス』。フランスの哲学者ドゥルーズと精神医学者ガタリの共著です。

二人で哲学書を書くという行為自体が破天荒ですが(近代の約束事を破っている)、内容も非常に自由。

エディプス(オイディプス)のアンチというからにはフロイト批判が根底にあるのでしょうが、何をやっているのかよくわからないというのが本音です。

これでもドゥルーズの『差異と反復』よりはマシですが、あちらは読んですらいない(チラ見しただけ)ため外しました。

 

2 人間的自由の本質(シェリング)

2番はシェリングの『人間的自由の本質』。

ヘーゲルの同級生で、ドイツ観念論の旗手のひとりです。同級生といっても年齢はシェリングがだいぶ下。飛び級で入学したのですね。要するに天才系です。ヘーゲルが秀才、シェリングが天才といっていいでしょう。

この本は実存主義の隠れた震源として有名なのですが、内容がまあ難しい。

ハイデガーがこの本を解釈した『シェリング講義』という作品があるのですが、ハイデガーですら序盤以外はわりと適当に流しています。

関連:フィヒテとシェリングをわかりやすく解説『カントからヘーゲルへ』【書評】

 

3 判断力批判(カント)

3番はカントの『判断力批判』です。『純粋理性批判』ではなくこっち。

『純粋理性批判』ならば、何を言わんとしているのかわからなくもないんです。たしかに文章はめちゃくちゃ難しいけれども、話の方向性はつかめるし、思想の骨格も理解できる。

しかし『判断力批判』の場合、何をやろうとしているのかがよくわからないのですね。下手すると本人にもわかっていないんじゃないかと思う。

悪名高いカントのなかでも僕は『判断力批判』を最難関に挙げます。

関連:カントの『判断力批判』をわかりやすく解説【純粋理性批判と実践理性批判の接続】

 

4 精神現象学(ヘーゲル)

4番打者は当然ヘーゲルです。

西洋哲学史の最難関として有名な人ですね。僕はこの人の『精神現象学』を通読するのに死ぬほど苦労しました。

ただし内容は面白いです。しかもその思考の枠組みを手に入れると、めちゃくちゃ世界が広がる系。おまけに色んな人がヘーゲルから影響を受けているので、ここを理解するとそれが派生して景色が変わるんですね。

だから、なるべく多くの人に読んでもらいたい気持ちにもなります。

『大論理学』あたりはさらに難しいとも聞きますが、僕は読んだことないのでこっちを挙げます。

関連:ヘーゲルの精神現象学が難しすぎる件【入門におすすめの本はこれ】

 

5 アリストテレス『形而上学』

万学の祖ともいわれる古代ギリシアの哲人アリストテレス。彼の哲学的文章を集めた代表作がこの『形而上学』です。

師プラトンの対話篇が読みやすかったのに比べて、アリストテレスの本は最凶クラスの読みにくさを誇ります。

まあこれは同情の余地もあって、というのも彼の作品(やはり対話篇だった)はすべて散逸してしまったんですよね。残ったのは講義用に用意されたメモとか資料とかだけ。後世の学者がそれをわりと大雑把に編集してできたものが、現在アリストテレスの著作として出回っている作品群の正体です。

アリストテレスは後の世の学者のモデルとして機能しましたから、これが哲学の文章を難解なものとして固定してしまった可能性もなきにしもあらず。プラトンみたいに対話篇のほうが残っていれば歴史は違っていたかも。

関連:アリストテレスの形而上学をわかりやすく解説【プラトンとの違いはこれ】

 

6 精神について(デリダ)

6番はジャック・デリダの『精神について』。

デリダはドゥルーズと並び、フランス現代思想を代表する哲学者の一人です。本作はデリダがハイデガーについて論じた有名な作品。

文章の奇妙奇天烈さ加減でいえば、おそらく世界の哲学史上でもデリダが頂点だと思います。言葉遊びを駆使し、既存の枠組みを揺さぶっていく。

まあこの人に関しては、わけのわからない文章で書くこと自体に意味がありますね。

言葉の天才という感じ。シェイクスピアにも匹敵するんじゃないかというレベルの言葉遊び力です。

 

7 ルイ・ボナパルトのブリュメール18日(マルクス)

7番はマルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』。これは哲学書といえるか微妙な本ですが、めちゃくちゃ難しいのでとりあえず入れてみた。

この本の難しさは理論的な複雑さではなく、マルクスの文体に起因します。やたらハイコンテクストな文章なのですね。固有名詞が嵐のように登場し、暗示やほのめかしでマルクスの考えが語られていく。

内容はナポレオン3世が皇帝にまで祭り上げられた過程を描く明快なものですが、文章が独特すぎて通読は拷問に近い。

平凡社ライブラリー版には柄谷行人による明晰な解説がついているので、読むならこれがおすすめ。

 

8 小林秀雄初期文芸論集(小林秀雄)

8番は小林秀雄の文芸論集。

小林秀雄を哲学者と呼べるかどうかは意見の分かれるところですが(分かれることすらないかもしれない)、まあフランス型(ドイツ型ではなく)の哲学者とみなせないこともない。

この人の初期の文章はほんとうにむずかしい。何がしたいんだという感じ。正常な精神の持ち主が書いた文章だとは、とても信じられないほどです。

後期のエッセイになると読みやすく、内容的にもおもしろいですが。

ちなみに日本の哲学書といえば西田幾多郎の『善の研究』が有名ですが、あれはそれほど難しくありません。西田は逆に、後期にいくほど難しくなる印象です。

 

9 哲学探究(ウィトゲンシュタイン)

9番はウィトゲンシュタインの『哲学探究』。

『論理哲学論考』ではなくこっちです。論考は何をしようとしているのかがわかりやすい作品だと思うんですね。カント的な枠組みで理解することができる。

しかし『哲学探究』になると、まったく新しい何事かが始まった感があり、何をしようとしているのかさえわかりにくい。純粋に哲学的なセンスが要求される感じ。

また本人の前期著作(論考など)を含む過去の西洋哲学をベースにした議論になっているところも、難しさの理由ですね。ハイコンテクストな文章になっているわけです。

いわば初期ウィトゲンシュタイン以前の哲学がボケであり、この『哲学探究』はツッコミとして機能しています。したがって本書を理解するためには、少なくとも『論理哲学論考』は熟知しておく必要があります。

 

ドイツ観念論を中軸にする強力打線

やはり中軸はドイツ観念論が占めることになりました。

ドイツ観念論とフランス現代思想のせいで、哲学の難しさの平均値はだいぶ上がってしまっている気がします。

逆にいうと、この辺を避ければ案外なんとかなったりもしますが。