孤独について考えるためのおすすめ本13冊【哲学・心理学・小説・社会科学】
ひとりでいるのに満ち足りている日もあれば、人に囲まれているのに、ふと取り残されたように感じる日もある。
孤独とは、いったい何なのでしょうか。
それは心の弱さなのか、社会の問題なのか、それとも人間が逃れられない生存の条件なのか…
この記事では、哲学・心理学・小説・社会科学の4つの切り口から、孤独について考えるための本を11冊選び紹介します。
アンソニー・ストー『孤独』
アンソニー・ストー(1920〜2001)は、イギリスの精神科医でユング系の精神療法家。
精神分析や心理学の世界では、親密な人間関係こそが幸福や心の健康の中心だと考えられがちでした。ストーはこれに疑問を投げかけます。
他者とのつながりが大切であることを認めたうえで、それだけが人生の意味ではなく、ひとりで過ごす時間や内面の世界もまた、人が成長し満たされるために欠かせないと論じるのです。
この本の魅力は、理論だけでなく、歴史上の人物の生涯を通して語られることです。哲学者、作曲家、作家、科学者など、孤独と深く関わりながら仕事を成し遂げた人々が取り上げられます。カントやベートーヴェン、ニュートン、カフカ、ウィトゲンシュタインなどが登場。
人物の生き方や葛藤を追ううちに、孤独の意味が具体的に見えてくる構成で、すぐれた伝記を読むような面白さがあります。
ジョン・T・カシオポ、ウィリアム・パトリック『孤独の科学』
こちらは打って変わって、孤独を神経科学や心理学、進化生物学の知見から解き明かした一冊。実験やデータに基づいて孤独を捉える本です。
孤独は、空腹や痛みに近い「生物学的なシグナル」として説明されます。人は社会的なつながりを必要とする生き物であり、孤独感はそのつながりが不足していることを知らせる警報のようなものだ、と。
「孤独は意志の弱さや性格の問題ではない」という見方を、科学的な根拠とともに示してくれます。孤独に悩む本人にとっては気持ちが少し楽になる読み物であり、周囲の人が孤独を理解するうえでも役立つでしょう。
アーレント『全体主義の起源』
ハンナ・アーレントによる現代政治哲学の古典。実はこの本は、孤独論を展開したものでもあります。
アーレントは、全体主義の支配が成り立つ土台として、人々が互いに切り離された「大衆」になっていたことを重視します。階級社会が崩れ、人々が共同体や政治的な結びつきを失った状態。そのうえで、全体主義のテロルとイデオロギーが、人間のさらに深い部分、つまり他者と共にある空間そのものを破壊していくと論じます。
重要なのが、孤立(isolation)、孤独(solitude)、孤独感(loneliness)という三つの区別です。
・孤立は、政治的な領域で他者と共に行動する力が奪われた状態です。暴政の下でも起こりえます。
・孤独(solitude)は、ひとりでいながら自分自身と対話できている状態です。思考に必要なものとして、肯定的に捉えられています。
・孤独感(loneliness)は、他者からも自分自身からも見捨てられたように感じる状態で、自分との対話さえ成り立たなくなります。アーレントはこれを、全体主義に特有の経験として位置づけます。
アーレントによると、全体主義は人々を恐怖で抑えつけるだけでなく、孤独感に陥った人々を動員する体制でもあります。つながりを失った人は、世界に居場所を与えてくれる単純なイデオロギーや、論理の一貫性に頼りやすくなる。つまり、孤独は全体主義の結果であると同時に、それを支える条件でもあるわけです。
この点で、孤独論は付け足しではなく、本書の中心的な問い、すなわち「なぜ人は全体主義に従うのか」に直結しています。
リースマン『孤独な群衆』
現代社会における人間の性格(社会的性格)の変化を分析した、アメリカ社会学の古典。
中心にあるのは「人は何を拠りどころに行動を決めるのか」という問い。リースマンは、社会の変化に応じて人々の性格の型も変わると考え、三つの類型を示しました。
・伝統指向型は、慣習や伝統に従って行動するタイプで、前近代的な社会に多いとされます。
・内部指向型は、幼少期に内面化した価値観や目標を「心のジャイロスコープ」のように保ち、それを頼りに進むタイプで、近代の産業社会に多いとされます。
・他人指向型は、周囲の人々の期待や反応を敏感に察知して、それに合わせて行動するタイプで、20世紀半ばの都市的な消費社会に広がってきたとされます。
リースマンが特に注目したのは、他人指向型の人々でした。彼らは、周囲の評価やレーダーのように拾い上げる同調の感覚を頼りに生きるため、人々に囲まれて暮らしていても、自分自身の軸を持てず、承認を求め続けることになります。
にぎやかな関係の中にいながら、内面は空虚で不安であるという状態、つまり「群衆の中の孤独」が、現代人の姿として描かれる。人と同調しすぎることから生じる孤独という切り口は、きわめて現代的といえるでしょう。
パットナム『孤独なボウリング』
アメリカでは、ボウリング人口が増える一方で、リーグに所属して仲間と楽しむ人が減り、ひとりでボウリングをする人が増えたという現象があります。
パットナムはこれを象徴的な例として、20世紀後半のアメリカで、政治参加、宗教活動、労働組合、地域の市民団体、友人や家族との交流など、さまざまな場面で人々の結びつきが弱まってきたと論じます。
本書は、孤独が個人の問題にとどまらず、社会の構造の問題でもあることを示します。アーレントやリースマンが孤独を政治や性格の問題として論じたのに対し、パットナムは、実証データによって「つながりの社会的な土台」の変化を描いているといえます。
ドストエフスキー『地下室の手記』
語り手は、元下級官吏の40歳ほどの男。彼はペテルブルクの片隅に引きこもって暮らしています。
物語は二部構成からなり、第一部は彼が自分の思想や性格をまくしたてる独白、第二部は若い頃の屈辱的なエピソードの回想です。
この男の孤独は、単に人づきあいがないという状態ではありません。他人の視線を過剰に意識し、見下されることを恐れ、同時に他人を見下し、近づきたいのに近づけない、という矛盾した自意識に苦しんでいます。
人と関わりたい気持ちがありながら、自らの言動でその機会を壊してしまう。孤独が自意識によって自分で生み出され、強められていく様子が鬼気迫る調子で描かれています。
きわめて現代的な作品。多くのアンダーグラウンドマンたちが、本書に自分の姿を見出すでしょう。
キルケゴール『死に至る病』
「死に至る病」とは、絶望のことです。
キルケゴールによれば、人間とは自己自身に関わる関係であり、その自己は、自分を成り立たせている「他者」、つまり神との関係に根拠を置いています。
絶望とは、この関係が見失われ、自己が自己の根拠から切り離されてしまった状態のこと。これは言わば、神なき孤独と名付けることもできるでしょう。
キルケゴールが提示する治癒の道は信仰であり、それは神の前に一人で立つこと、つまり単独者たることを求めます。これはこれでまた別の種類の孤独である点が面白いところです。
なお木田元が指摘したように、本書はドストエフスキー作品の解説書としても読めます。
ショーペンハウアー『幸福について』
「ヤマアラシのジレンマ」という言葉を、聞いたことがある方は多いと思います。
寒い冬の日、ヤマアラシたちは互いの体温で暖まろうと身を寄せ合います。けれども近づきすぎると、お互いの針が刺さって痛い。かといって離れると寒い。そうして近づいたり離れたりを繰り返すうちに、ちょうどよい距離を見つけていく、という寓話。
人間関係の距離の難しさを語るたとえとして、心理学の分野でもよく使われます。
この寓話を考え出したのが、ショーペンハウアーでした。晩年の著作『パレルガ・ウント・パラリポメナ』に収められた寓話です。日本で『幸福について』という題で広く知られている本は、その『パレルガ・ウント・パラリポメナ』などから人生論の部分を抜き出して編んだもの。
徹底的に社交を批判していくその姿には、鬼気迫るものがあります。彼の文章には、悲観的なトーンなのに読者の気持ちを明るくさせる不思議な効果があります。
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エーリッヒ・フロム『愛するということ』
愛を、学び、身につけていく「技術」として論じた有名な一冊。
といっても恋愛指南書のようなものではなく、議論の出発点にあるのは孤独です。フロムは、人間は自然との原初的な一体感から切り離された存在であり、その分離の意識こそが、人間にとって最も根源的な不安の源だと論じます。
そして、愛とは、この分離という孤立の問題に対する、成熟した答えとして位置づけられます。
フロムは、分離の不安に対する未熟な「答え」も挙げています。集団への同調や、仕事への没頭、共棲的な依存関係など。これらは一時的に孤独を忘れさせても、問題を根本から解決しません。
一方、成熟した愛とは、相手と一体化して自分を失うことではなく、互いの個としての存在を保ったまま結びつくことだと彼は言うのです。
ルソー『孤独な散歩者の夢想』
晩年の人間不信や世間からの孤立の中で、彼が自然のなかを逍遥しながら、自らの内面・人生・存在を深く見つめ直す自伝文学の名著。
冒頭の有名な一節「ここに至って、私は地球上にただひとり存在するのみである」に象徴されるように、人々に拒絶された絶望から始まります。しかし、世間と戦うのを諦め、孤独を受け入れることで、かえって心に静けさと平安を取り戻していくプロセスが描かれます。
とくに第五章は美しく、自然と交感するルソーの姿には、孤独で退屈な現代人が参考すべきものが現れていると感じます。
ソロー『森の生活』
19世紀アメリカの思想家・作家ソローが、森の湖畔で自給自足の暮らしを送った記録。
ソローは1845年7月4日から約2年2か月、マサチューセッツ州コンコード近郊のウォールデン湖のほとりに自分で小屋を建て、畑を耕しながら暮らしました。本書はその経験をもとに、一年の季節の巡りに沿って書かれた生活記録です。
暮らしの経済、読書、音、豆畑、湖や動物の観察などが語られ、文明や消費社会への批判、簡素な生活の勧めといった思想が織り込まれていきます。
ソローは、ひとりで暮らしていても自分は孤独ではないと語ります。孤独は他人からの物理的な距離で決まるものではなく、人混みの中にいても人は孤独でありうる。自然との交わりや、自分自身との時間の中に、満ち足りた交友を見いだしている、と彼は言うのです。
ラース・スヴェンセン『A Philosophy of Loneliness』
洋書からも一冊。「退屈」の記事でもこの人の『退屈の小さな哲学』を挙げましたが、こちらは孤独編です。
孤独を「個人の心の弱さ」や「治すべき病」としてだけ扱うのではなく、人間の条件に深く関わるテーマとして考察する本。心理学や社会学の知見も取り入れつつ、哲学の立場から孤独とは何かを問い直していきます。
エッセイに近い読み心地です。とはいえ、安易な励ましや処方箋を書いた自己啓発書とも一線を画しており、孤独を深く理解したい人に向いているといえるでしょう。
『孤独の哲学史』
おまけとして最後に拙著を紹介。孤独の観点から哲学史を振り返っていく本です。
登場人物は以下の通り。
・アリストテレス
・エピクロスとストア派
・モンテーニュとパスカル
・デカルト
・ルソー
・ショーペンハウアー
・ニーチェ
・キルケゴール
・アーレント
・レヴィナス
哲学の前提知識がなくても読める構成にしてあります。
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