デフレの中心でインフレ対策を叫ぶ日本 中野剛志『奇跡の経済教室』【要約】

ここ十数年、経済学への風当たりが日増しに強くなっています。

主流派経済学が現実をうまく説明できず、効果的な対策も打てていないからですね(とくに日本では)。

2008年の金融危機以降は、主流派の大物経済学者による経済学の自己批判も目立つようになりました。日本だけでなく世界的な現象です。

僕は主流派の経済学者の本しか読んだことがなく、非主流派のことはただの色物としか思ってなかったんですが、近年はさすがに何かおかしいだろうと思い始めた次第。そこで主流派以外の本も読んでみたいという気持ちが芽生えてきたわけです。

今回読んだのは中野剛志『奇跡の経済教室 基礎知識編』。レビューの評価がやたら高くて、以前から気になっていた本。

実際、理路整然としていてかなり説得力があります。解説のわかりやすさも異常。

本書は第1部と第2部にわかれています。

第1部で経済の基礎知識を習得(主流派経済学とはまったく違う内容)。ここを読むとMMT(現代貨幣理論)の考え方も自然に身につきます。

そして第2部では第1部の知識をもとに、日本の代表的な主流派経済学者たちを批判していきます。

 

メインパートとなる第1部の大まかな構成は以下のとおり。

・第1章~第3章…デフレとその対策について。日本の経済不振はデフレが原因であること、そしてその対策がいかに間違っていたかが解説されます。

・第4章~第5章…貨幣について。商品貨幣論と信用貨幣論のうち、本書は後者の立場(ここの説明も異常にわかりやすい)。仮想通貨についても軽くふれています。本書は仮想通貨に否定的な立場です。

・第6章…金融政策と財政政策の話。デフレ脱却には財政政策が必要だと説かれます。

・第7章…税金の話。税金は財源確保のための手段ではなく、物価コントロールのための手段であると説かれます。

・第8章~第9章…日本が財政破綻する可能性がほぼゼロである理由について解説されます。

デフレ下でインフレ対策の新自由主義を取り入れた日本

第1章から第3章はデフレについて、そして日本がいかにその対応を誤ってきたかが解説されます。

・日本が経済成長しなくなったのはデフレが原因
・デフレが克服できないのは政府の経済政策が間違っているから

デフレとは供給過剰、需要不足のこと(これの逆がインフレ)。

物価や賃金が将来的にどんどん下がっていくことを見越した消費者や企業は、さらに消費や投資を手控えます。

ポイントは、企業や消費者が投資や消費を控えるのは、デフレ下では合理的な行動だということ。したがって企業や個人といったミクロの次元にいくら呼びかけても、デフレは解消できないということになります。

だから政府の財政政策が必要になってくる、というのが本書のスタンス。

Left Caption
逆に主流派経済学は政府の介入を徹底的に嫌います。これは経済学の枠を超えた政治哲学の影響もあると思われます。とくにアメリカは伝統的にリバタリアニズムが強い。

ところで、対インフレの経済政策は以下の通りです(80年代にインフレ退治のために出てきた新自由主義はこれ)。

・小さな政府
・財政支出削減
・増税
・金融引き締め
・規制緩和

ということは、対デフレの経済政策はこれを逆にしたものになります(大恐慌のデフレ退治のために出てきたケインズ理論はこれ)。

・大きな政府
・財政支出拡大
・減税
・金融緩和
・産業保護

しかし平成の日本は、金融緩和以外に上記のデフレ対策をしませんでした。むしろ圧倒的なデフレ状況でインフレ対策ばかりしていた、ということがデータによって示されます。

これは英米の新自由主義の影響が大きいといわれています。

しかしそもそも英米が新自由主義を採用したのは、当時のイギリスやアメリカが深刻なインフレに苦しんでいたからなんですね。

対インフレのイデオロギーである新自由主義をデフレの平成日本で採用しても上手くいかないのは自然でした。

 

国家の借金の上限はインフレ率が教えてくれる

ここまではそんなに珍しい話ではないんですが、本書でとくにインパクトがあるのは税金を扱った第7章だと思います。

政府は通貨発行権をもっているのだから、財政破綻をすることなどありえないし、税金で資金確保をする必要さえないというんですね。

それどころか、そもそも税金は財源確保のためにあるのではないと主張されます。

じゃあ税金はいらないかというとそうでもなく、税金は物価をコントロールするためにあるとされます。インフレになったら増税、デフレになったら減税。

Right Caption
また本書が依拠するMMT(現代貨幣理論)によると、そもそも貨幣が貨幣として通用するのは、国家がそれを税徴収のためのツールとして使うからだとのこと。

 

じゃあ政府は赤字なんて気にせずにいくらでも財政政策してもいいのでしょうか?

もちろんそんなことはありません。

財政政策しまくって社会の総需要が総供給を上回っていくと、インフレ率が上昇します。それを放っておくとインフレスパイラルからハイパーインフレに至ってしまう。これは避けなくてはならない。

要するに、赤字の上限を決めるのはインフレ率ということです。

逆にいうと、インフレ率が低いうちは赤字はもっと大きくできる。借金の対GDP比とかで測ると、日本は絶望的な状況に見えます。しかし日本はインフレどころかデフレです。つまり本当はもっと赤字を垂れ流さなくてはいけないということになります。

いったんインフレ傾向になったら止められなくなるんじゃないかという疑問に対しては、「日本はデフレ下においてすら増税に踏み切った、ならばインフレ下でのインフレ対策はさらに容易に行えるはずだ」と著者はいいます。

 

なぜ主流派経済学は間違えるのか

第2部の主流派経済学者批判は実際に本書を読んでもらうとして、第2部でとくに面白いと思ったのは主流派経済学の前提を批判した部分。

主流派経済学のコアには一般均衡理論があります。価格メカニズムによって需要と供給がつねに一致するという、学校も習ったあれです。

そしてこの理論の前提には、供給が需要を生み出すというセーの法則がある。つまり経済学の世界では、売れ残りなる現象は存在しえないんですね。

Left Caption
逆に「商品が売れるプロセスには命がけの飛躍がある」と指摘したのはマルクスでした。

そして1980年以降の経済学では、マクロ経済学の全体をこの一般均衡理論から説明してしまおうという試みが主流になりました。「マクロ経済学のミクロ的基礎づけ」といわれるやつですね。

これがさらにRBCモデルとか、DSGEモデルとかの成果を生み出します。

とはいえ、そのコアにあるのはやはり一般均衡理論であり、セーの法則です。

それは需要と供給が瞬時に一致する世界ですから、いわば物々交換の世界であり、貨幣(商品貨幣ではなく信用貨幣)が存在しない非現実的な経済。

Right Caption
ちなみに近代経済学には貨幣が組み込まれていないという問題もマルクスの批判が有名。

主流派経済学は貨幣を正しく理解していない、これがさまざまな問題をもたらしていると、著者は主張します。

 

なお本書には続編もあります。タイトルは『奇跡の経済教室 戦略編』。

なぜ一流の経済学者たちが非合理的な誤りを犯し続けるのか?この問題が、政治的、社会的な観点からも説明されていきます。

付録としてMMT(現代貨幣理論)の解説も収録。MMTについては海外の本を読むよりも、これを読んだほうがわかりやすいです。

他のおすすめ経済本については以下の記事を参考のこと。