『シュンペーター』資本主義は死に世界は社会主義化する
シュンペーターといえば創造的破壊(イノベーション)が資本主義のコアにあると指摘したことで知られる超大物経済学者。
伊東光晴・根井雅弘『シュンペーター』(岩波新書)は、そのシュンペーターを解説した貴重な入門書です。かれこれ15年近く積ん読されていた本。
ちなみに著者の伊東光晴の著作では『ケインズ』(同じく岩波新書)のほうも名著としてロングセラーになっています。
本書の大まかな構成は以下のとおり。
・序章…シュンペーターとケインズの比較で導入。短期の需要サイドではなく長期の供給サイドを重視。国家のことを安易に信用しない。この2点がケインズとの違い。
・第1章…若い頃のシュンペーターの伝記。ウィーンの知的風土。ワルラスとの出会い。マルクス、マーシャルとの違い。
・第2章…第一次世界大戦時代のシュンペーター。カフェでマックス・ウェーバーと激論を交わす。
・第3章…ハーバード大学教師時代のシュンペーター。
・第4章…シュンペーター理論の解説。経済理論と帝国主義論。帝国主義論ではウィーン自由主義の立場からドイツの帝国主義を批判。ドイツ社会の後進性がその暴走の原因になったとし、一方でイギリスを持ち上げる。著者はこれに批判的。
・第5章…シュンペーターの現代的意義について。19世紀的科学主義への批判。
前半が伝記、後半が理論の解説になります。
前半はスラスラ読めていい感じ。マックス・ウェーバーと激論を戦わせたエピソードとかおもしろいです(激論といってもウェーバーが一方的にまくし立てているだけなのですが)。
逆に後半は難しすぎました。引用を長々と行うタイプで、結局シュンペーターらの難しい文章を読まなくてはいけない構成。シュンペーター超入門みたいなノリで気軽に読める本ではないですね。
シュンペーターとマルクス
シュンペーターといえばイノベーション(技術革新)の理論で有名。
しかし彼は資本主義がやがて衰弱し、社会主義(と彼が呼ぶ社会民主主義的システム)に取って代わられると予測していました。
シュンペーターいわく資本主義のコアは技術革新にあります。アニマルスピリットの持ち主たち(企業家)がイノベーションを起こし続けること、これが資本主義の生命線。
絶えずイノベーションを起こし続けなければ資本主義は倒れるということ。短期の有効需要をいかに刺激しても無駄で、長期においては供給サイドに革新を起こせるかどうかがすべてです。
現代ではわりと当たり前の議論ですが、この発想のルーツはシュンペーターの経済学にあります。
しかし当のシュンペーターは資本主義の死を予見していました。そして彼はその先に社会主義を見据えます。こういうとマルクスっぽいですが両者は言ってることの内容が違います。
シュンペーターのいう社会主義とは何か?次の文章がわかりやすいです。
政府による経済への介入が増し、公的経済分野の比重が増え、景気政策、雇用政策がビルト・インされ、平等化が進み、投資の社会化が行われ、企業者の自由で創造的な活動にかわって、組織と制度によって動かされる社会は、もはや純粋な資本主義ではなかった。これをかれは「社会主義」とよんだのである。(伊東光晴・根井雅弘『シュンペーター』)
要するに自由な企業家によるイノベーションが起こらなくなり、政府の介入がますます増えていくということですね。
シュンペーターのいう社会主義はソ連の体制とは別です。シュンペーターはソ連の体制をツァーリズムの延長として捉えていて、それは社会主義でもなんでもないと見なしています。
したがってソ連の崩壊を持ち出してシュンペーターの社会主義論を古いと決めつけるのは、議論の本質が見えていないことになります。
シュンペーターは彼の定義する「社会主義」が全ヨーロッパに広がると予想していました。
第二次世界大戦の結果、ヨーロッパは社会民主主義的共和体制になるだろう―これがシュンペーターの現状分析であった。かれは、これを「正統派社会主義」とよんでいる。(同書より)
実際そうなりましたね。総力戦体制の結果どこの国でも政府が大きくなり、「社会主義」体制が根づきました。
とくに戦後日本は世界一成功した社会主義と言われます。イギリスやアメリカでは新自由主義の揺り戻しもあったのですが、それもリーマンショックで粉々に砕け、ふたたび「社会主義」路線に戻りました。
そして2020年のコロナ危機によって、この「社会主義」化の流れはフルパワーに達したというわけです。
シュンペーターの社会主義論はマルクスのそれとは違う内容ですが、彼はマルクスのことを大いにリスペクトしていたといいます。
「たとえマルクスの挙げた事実や理論づけが現在いわれているものよりいっそう多くの欠点をもつものであったとしても、マルクスが資本主義発展は資本主義社会の基礎を破壊するということを主張するにとどまるかぎり、なおその結論は真理たるを失わないであろう。私はそう確信する」。(同書より)
「資本主義発展は資本主義社会の基礎を破壊する」。これがマルクスとシュンペーターに共通の考え方です。
シュンペーターの民主主義論
伊東光晴・根井雅弘の『シュンペーター』には記述がないですが、シュンペーターは民主主義についても興味深い見方を提出しています。
これについては宇野重規『民主主義とは何か』(講談社現代新書)の解説がわかりやすい。
シュンペーターはまず古典的な民主主義を批判します。
それはただ民主主義というイデオロギーを頭ごなしに信仰しているだけで、本当に機能しているのかどうか怪しいものだと。とくにすべての民衆に当てはまる公共の利益なる存在にシュンペーターは疑いの目を向けます。
そしてシュンペーターは新しい民主主義像を打ち出します。
彼の考えによると、民主主義に重要なのは人民が代表者を選ぶこと、そして代表者のあいだに競争が存在することです。
シュンペーターのこの考え方は「エリート民主主義」とも呼ばれ、次の4点が肝になります。
・有能な政治家
・政治が扱う範囲を広げすぎないこと
・優秀な官僚制
・民衆の自制
ふつう民主主義というと人民が自分たちで考えて自分たちで決めるみたいなイメージですよね。しかしシュンペーターはそれを無効だとします。
民主主義で重要なのは人民が有能な代表者を選ぶことであり、いったん代表者を選んだら、彼らがその力を最大限発揮できるように余計な口出しはしないことだ、というんですね。
だいぶ常識はずれの見解ですが、なんか説得力もある。経済理論でもそうでしたが、シュンペーターの言うことってすごく現代的ですよね。