『ドストエフスキーの詩学』天才芸術家の小説技法【書評】

2020年4月17日ドストエフスキー

ドストエフスキーが駆使する芸術上の技法には、彼以前には見られなかった革命的な形式が使われています。

それを解明する古典的名著がこの『ドストエフスキーの詩学』(ちくま学芸文庫)。著者のミハイル・バフチンはロシアの有名な批評家です。

ドストエフスキーはよくその思想的な深さが着目されますよね。しかし思想家であるまえに、彼は芸術家なのです。それも革命的な小説形式を生み出した芸術家です。

バフチンが着目するのはこの芸術技法。思想に焦点が当たることはありません。ドストエフスキーの形式を解き明かすのが『ドストエフスキーの詩学』です。

通読するのは何気に難しい

この『ドストエフスキーの詩学』ですが、通読するのは骨が折れます。異なる2つのテーマが混じってるからです。

一つはポリフォニー文学について。もう一つがカーニバル文学についてです。

前半と終盤はポリフォニー論として読めるのですが、中盤にカーニバル文学論が入ってくるためややこしいんですよね。

二冊の本が合わさっていると思ったほうがいいでしょう。

ではポリフォニーとは何か?カーニバルとは何か?

 

ポリフォニーの創始者ドストエフスキー

バブチンによると、ドストエフスキーの小説では作者が神の視点に立っていません。

普通は作者が神の視点に立ち、登場人物や物語のプロットはその視点のなかで動き回るんです。これをモノローグ形式といいます。

 

しかしドストエフスキーの場合は作者が作中の登場人物と同じ平面に降りてきて、その視点や考えも並列されます。

さらに各々のキャラクターは単一の視点や思想のなかで動き回ることをせず、それぞれが確固とした個性をもったままぶつかり合う。

これがモノローグ形式に対比されるポリフォニー形式であり、ドストエフスキーを彼以前の芸術家から区別する革命的な技術です。

 

カーニバル文学の伝統とドストエフスキー

ドストエフスキーはポリフォニー小説という新しい形式を発明しましたが、過去の文学史の伝統とまったく切り離されているわけではありません。

バフチンは本書の中盤において、ドストエフスキーをある文学ジャンルのなかに位置づけます。このジャンルこそカーニバル文学です。

 

カーニバル文学は古代ギリシアやローマに発生したジャンルで、プラトンの対話篇などがその起源にあたります。

その伝統が聖書やシェイクスピア、セルバンテスなどに受け継がれ、ドストエフスキーにおいて自らの全盛期を見いだしたという流れ。

ドストエフスキー自身はカーニバル文学を意識していたわけではありません。無意識のうちにそれを吸収し、表現したというのが実際のところ。

ただしカーニバル文学にポリフォニー性はありません。プラトンの対話篇も実はモノローグです。

 

ドストエフスキーの対話論

『ドストエフスキーの詩学』の終盤はドストエフスキー作品における対話のありかたを解明しています。ここもドストエフスキー作品を理解するためには必読。

バフチンによると、ドストエフスキーの小説で展開される対話には、モノローグ同士の会話はありえないといいます。

対話に参加する主体がすでに、二重に分裂しているというんですね。少なくとも対話する主体の片方は分裂している。

 

わかりやすいのは『カラマーゾフの兄弟』におけるイワンとスメルジャコフの対話。

イワンの声は複数に分裂しており、本人からさえも隠された秘密の声をスメルジャコフは聞き取ります。そしてそれを実行に移す。

スメルジャコフはこの秘密の声をイワンの真実の声だと錯覚しているのですが、実はイワンの声は複雑に分裂している。だからスメルジャコフは後からそれに気づいて幻滅するわけですね。

同じような調子で『悪霊』なども解説されていきますが、分析の鋭さに恐ろしくなります。よくこんなふうに読解できるなと思う。

 

ドストエフスキー作品を理解するには必読

この本を読むのは今回で3回目。やっぱり名著ですね。

バフチンの影響力はすごいと思う。あーこれバフチンが元ネタだったのかという発見が山ほどあります。

たとえば柄谷行人もバフチンから影響を受けているんじゃないだろうか?

バフチンはドストエフスキーの形式を問題にしました。一方で、ドストエフスキーという思想家を知るにはベルジャーエフの『ドストエフスキーの世界観』がおすすめです。