ウォーラーステインの世界システム論をざっくり解説
私たちはしばしば、世界の格差や国際秩序の変動を「発展の遅れ」や「時代の段階差」として理解しがちです。
しかしイマニュエル・ウォーラーステインは、そうした見方そのものを根底から問い直しました。
彼が提示した世界システム理論は、近代資本主義を時間的な進歩の物語ではなく、空間的に編成されたグローバルな構造として捉える試みです。
本記事では、ウォーラーステインという思想家の全体像を押さえつつ、なぜ彼の理論がいまなお重要な意味を持つのかを解説します。
ウォーラーステインってどんな社会科学者?
イマニュエル・ウォーラーステイン(1930–2019)は、20世紀後半の社会科学に大きな影響を与えた歴史社会学者であり、資本主義世界経済をグローバルな構造として捉える「世界システム理論」を打ち立てた人物です。
専門分野は社会学に分類されることが多いものの、その研究は経済史、政治学、国際関係論、人類学にまで及び、学問分野の境界を意識的に横断している点に大きな特徴があります。
ウォーラーステインはニューヨークに生まれ、コロンビア大学で学びました。彼はアフリカ研究を出発点として研究者としてのキャリアを築き、とくに1950〜60年代の脱植民地化が進むアフリカ政治への関心を通じて、「国民国家を分析単位とする従来の社会科学では、現代世界の不平等や権力構造を十分に説明できないのではないか」という問題意識を強めていきました。この経験が、後に世界システム理論を構想する重要な背景となっています。
ウォーラーステインの社会学的立場の核心は、近代社会を個別の国家の集合としてではなく、単一の「歴史的システム」として捉える点にあります。
彼にとって資本主義とは、一国の内部に完結する経済体制ではなく、16世紀以降に成立した世界規模の分業システムです。国家や階級、地域は、その世界システムの内部で位置づけられる存在にすぎません。
この見方は、各国が同じ発展段階を順にたどると想定する近代化論や発展段階論を根本から批判するものです。
さらにウォーラーステインは、社会科学そのものの枠組みに対しても批判的でした。
経済学・政治学・社会学といった学問分野の分断は、19世紀ヨーロッパ中心の知的編成の産物であり、現実の世界を部分的にしか捉えられなくすると考えました。
彼は「歴史的社会科学」という構想を掲げ、長期的で構造的、かつグローバルな視点から社会を分析する必要性を強調しています。
ウォーラーステインは、資本主義や近代を自明の前提として捉えるのではなく、それらを歴史的に成立した一つのシステムとして相対化しました。
そして「現在の世界秩序も永続するものではなく、いずれ終焉を迎える歴史的存在である」というラディカルな視座を提示したのです。
その思想は、グローバル化や不平等、帝国主義、資本主義の将来を考えるうえで、現在でも重要な示唆を与え続けています。
世界システム理論をざっくり解説
ウォーラーステインの世界システム理論とは、近代資本主義を一国単位ではなく、地球規模で成立した「世界システム」として捉える理論です。
この理論の目的は、国家間の不平等や経済格差、覇権の交代といった現象を、長期的かつ構造的に説明することにあります。
世界システム理論の基本的な前提は、16世紀以降に成立した資本主義は、単なる経済体制ではなく、政治・社会・文化を含む包括的な歴史的システムだという考え方です。
この世界システムは、単一の世界国家によって統合されているわけではありませんが、国際的な分業と市場を通じて一体として機能しています。
個々の国家や社会は、このシステムの外部にあるのではなく、常にその内部で位置づけられています。
この理論でとくに重要なのが、「中核(コア)」「半周辺(セミ・ペリフェリー)」「周辺(ペリフェリー)」という三つの区分です。
中核地域は、高度な技術や資本を持ち、高付加価値の商品やサービスを生産し、国際分業のなかで有利な地位を占めています。
一方、周辺地域は、原材料や労働集約的な低付加価値商品を供給する役割を担い、政治的・経済的に不利な条件を押しつけられやすい存在です。
半周辺はその中間に位置し、中核と周辺の双方の特徴を併せ持ちながら、システム全体の安定化に重要な役割を果たします。
ウォーラーステインによれば、この構造は偶然に生じたものではなく、資本主義世界経済が拡大する過程で必然的に形成されました。
不平等は発展の「遅れ」や「失敗」の結果ではなく、世界システムが機能するための構造的な帰結だとされます。そのため、周辺国が中核国と同じ発展経路をたどれば追いつける、という近代化論的な見方は否定されます。
また世界システム理論では、覇権国家の交代も重要なテーマです。
歴史的には、オランダ、イギリス、アメリカといった国々が順に世界システムの中核で覇権を握ってきましたが、いずれも永続的な支配を維持できたわけではありません。
覇権は、経済的優位、政治的安定、文化的影響力が結びついた一時的な状態であり、やがて競争の激化や利潤率の低下によって衰退していくとされます。
さらにウォーラーステインは、資本主義世界システムそのものが長期的には危機に直面すると考えました。
格差の拡大、環境制約、政治的不安定化などが累積することで、システムは均衡を保てなくなり、将来的には別の歴史的システムへ移行する可能性があると論じています。
この点で世界システム理論は、単なる国際経済論ではなく、近代世界の成立から将来像までを視野に入れた壮大な歴史理論だと言えるでしょう。
時間的なヘーゲル&マルクス vs 空間的なウォーラーステイン
ウォーラーステインの世界システム理論は「空間的」な思考を基調としており、この点でヘーゲルやマルクスに代表される「時間的進歩史観」に対する重要なアンチテーゼとして理解することができます。
この対比を整理すると、ウォーラーステインの理論的独自性がよりはっきり見えてきます。
ヘーゲルやマルクスの歴史観は、基本的に時間軸に沿った発展モデルです。
ヘーゲルにおいては、世界史は精神(神のようなもの)の自己展開の過程として理解され、自由の意識が段階的に深化していく運動として描かれました。
マルクスもまた、唯物史観に立ちながら、原始共産制から奴隷制、封建制、資本主義、そして将来の社会主義・共産主義へと進む発展段階を想定しました。
両者に共通するのは、社会は時間の経過とともに、より高次の段階へと「進歩」していくという歴史の方向性です。
これに対してウォーラーステインは、近代世界を「進歩の時間軸」ではなく、「分業の空間構造」として捉えました。
世界システム理論において重要なのは、各社会が歴史の異なる段階にあるという理解ではなく、同時代的に存在する諸地域が、単一の世界システムの内部で異なる機能と位置を割り当てられている、という見方です。
中核・半周辺・周辺という区分は、まさにこの空間的配置を示す概念であり、「先進国/後進国」という時間的序列を前提とする発想を否定します。
この点でウォーラーステインは、「周辺は中核より遅れているのではなく、同じシステムの中で周辺として組み込まれている」と主張しました。周辺の貧困や停滞は、近代化の未達成を意味するのではなく、むしろ中核の繁栄を支える構造的条件なのです。
ここでは歴史の差は「発展段階の差」ではなく、「空間的役割分担の差」として説明されます。
マルクス自身も世界市場や資本のグローバルな展開を重視しており、必ずしも単線的進歩史観に還元できるわけではありません。
しかし、20世紀に広まったマルクス主義的発展段階論は、多くの場合、「すべての社会はいずれ同じ道をたどる」という時間中心の理解に傾いていました。
ウォーラーステインの理論は、こうした解釈に対して、資本主義の世界的同時性と構造的非対称性を前面に押し出した点で、明確な批判的意義を持っています。
さらに重要なのは、ウォーラーステインが「進歩」そのものを疑問視している点です。
彼にとって資本主義世界システムは、人類史の到達点ではなく、一定の歴史的条件のもとで成立した一つのシステムにすぎません。したがって、歴史は必然的により良い方向へ向かうとは限らず、むしろ不安定化と危機を通じて別のシステムへ移行しうる開かれた過程として理解されます。
この点でも、歴史に内在的な合理性や必然的進歩を想定するヘーゲル的・マルクス的枠組みとは距離を取っています。
ウォーラーステイン入門におすすめの本
川北稔『世界システム論講義』
ウォーラーステインの理論を踏まえつつ、ヨーロッパを中心とする近代史を振り返っていく本。
世界史の常識が崩れ、目からうろこの連続です。
歴史好きが読んでも楽しめる本ですが、もちろんウォーラーステインの良質な入門書としても読めます。
川北稔『砂糖の世界史』
同著者による超ロングセラー。
世界システム理論の応用編といった感じです。
「砂糖」という商品を主眼にすることで、歴史の流れと構造を解き明かしていきます。
ウォーラーステイン『史的システムとしての資本主義』
本人の著作なら、岩波文庫で入手できるこれが手に取りやすいです。
簡単に読めるかというと残念ながらそんなことはないのですが、内容的にはやはり面白いです。
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