20世紀以降の経済学史を知りたいなら『ノーベル経済学賞で読む現代経済学』
1969年に創設されたノーベル経済学賞。
その受賞者64名の理論と生涯を解説した本がトーマス・カリアーの『ノーベル経済学賞で読む現代経済学』(ちくま学芸文庫)。
現代経済学の流れと全体像が一望できる良書です。
経済学史の本というとアダム・スミスから始まってリカード、マルクス、ケインズあたりの大物だけを扱うものがほとんどですよね。20世紀後半以降を取り上げる現代経済学史の本は何気に貴重だと思います。
ちなみに僕が読んだのは筑摩選書の『ノーベル経済学賞の40年(上下)』ですが、内容はまったく同じなのでどちらで読んでもかまいません。
以下、全体の内容をざっくり見渡してみましょう。
自由市場主義者の経済学
第1章「ノーベル経済学賞とは」で簡単に賞のあらましを解説した後、続く第2章「自由市場主義者の経済学」ではリバタリアニズム(といっていいレベルの自由主義者)の3人が扱われます。
ハイエク
ミルトン・フリードマン
ジェイムズ・ブキャナン・ジュニア
北欧諸国では政府主導の公共政策が盛んだが民主主義は退潮していない、という著者のツッコミが印象的です。
ミクロの信奉者シカゴ学派
第3章はシカゴ学派について。
ミルトン・フリードマンによって打ち立てられたシカゴ学派は自由主義およびミクロ経済学の牙城です。
登場するのは以下の面々。
ゲイリー・ベッカー
ジョージ・スティグラー
セオドア・シュルツ
ロナルド・コース
カジノと化した株式市場
第4章は金融経済学について。以下の面々が登場。
マートン・ミラー
ハリー・マーコウィッツ
ウィリアム・シャープ
マイロン・ショールズ
ロバート・マートン
かの有名なブラック・ショールズ方程式もここで解説されます。
ちなみに経済学者のなかでもっとも投資が上手かったのはジョン・メイナード・ケインズだそうです。
さらにミクロに
第5章もミクロ経済学。以下の面々が登場。
ジョン・ヒックス
ウィリアム・ヴィックリー
ジェイムズ・マーリーズ
ヴァーノン・スミス
とくに重要なのはヒックスでしょうか。
ヒックスはミクロの信奉者として出発しながらも途中でケインズの洗礼を受けて鞍替え。ケインズの思想を数学モデルに置き換えたことで知られます。今の教科書に出てくるIS-LMモデルみたいなのはヒックスの発明品です。
なおヒックス本人は自身が生み出したこのモデルに批判的だったそう。
行動主義者
ケインズ革命によってマクロ経済学の分野をケインズに奪われた古典派。しかしミクロの世界においてはその牙城をずっと維持してきました。
それをついに揺るがしたのが行動経済学です。行動経済学の科学的知見は、ミクロ経済学モデルで前提とされるホモ・エコノミクスに修正をうながすものでした。
第6章では行動経済学のジャンルから以下の面々が登場。
ハーバート・サイモン
ダニエル・カーネマン
ジョージ・アカロフ
ジョセフ・スティグリッツ
マイケル・スペンス
カーネマンの『ファスト&スロー』は日本でもベストセラーになりました。
ケインズ派
ケインズ理論は経済学に深刻な影響を及ぼし、「ケインズ革命」と称されるほどの地殻変動を引き起こします。
とくにアメリカでの影響力はすさまじく、戦後のアメリカではマクロ経済学の発展と経済学の数学化が同時進行しました。
第7章で扱われるのはこの運動に属するケインズ派(ケインジアンと呼ばれる)です。以下の面々が登場。
ポール・サミュエルソン
ロバート・ソロー
ジェイムズ・トービン
フランコ・モディリアーニ
ローレンス・クライン
グンナー・ミュルダール
とくに強烈な存在はポール・サミュエルソン。
今でもマンキューとかクルーグマンとかスティグリッツとかの教科書がよく売れていますが、経済学の教科書を今のような形式に落としこみ、それを一般社会でベストセラーになる商品へと変えたのがサミュエルソンでした。
古典派の復活
1970年代になると先進国ではインフレが進行。政府事業を推奨しまくるケインズ理論は批判の矢面に立たされ、自由市場重視の古典派が復活してきます。
第8章で登場するのは復活した古典派の面々。
ロバート・ルーカス
エドワード・プレスコット
フィン・ギドランド
エドムンド・フェルプス
発明者たち
第9章では国内総生産、投入産出分析、線形計画法といった重要概念(ツール)の発明者たちが取り上げられます。
サイモン・クズネッツ
リチャード・ストーン
ワシリー・レオンチェフ
レオニード・カントロヴィチ
チャリング・クープマンス
とくにクズネッツは大物。今日では当たり前のようにGDPとか言っていますが、クズネッツが発明する以前にはこのような概念は存在しませんでした。
GDPだけでは経済の全体像は把握できないとクズネッツ本人が意識していた点も印象的。また経済成長における技術の重要性に着目したのもクズネッツが先駆だったといいます。
ゲームオタクたち
数学者フォン・ノイマンによって発明された「ゲーム理論」。これは経済学に多大な影響を与え続けています。
第10章に登場するのはゲーム理論を扱う経済学者たち。
ジョン・ナッシュ・ジュニア
ラインハルト・ゼルテン
ジョン・ハーサニ
ロバート・オーマン
トーマス・シェリング
レオニード・ハーヴィッツ
エリック・マスキン
ロジャー・マイヤーソン
ちなみにジョン・ナッシュ・ジュニアは映画「ビューティフル・マインド」の主人公のモデルとなった人物です。
一般均衡という隘路
アダム・スミスによる市場メカニズムの研究から始まった経済学。われわれが学校で習った、需要と供給が一致するところでうんぬん~は、「一般均衡モデル」と呼ばれます。
そしてのちの経済学者はそれを高度な数学を使って表現しなおすことに努力してきました。
第11章ではそのような理論化が登場します。
モーリス・アレ
ケネス・アロー
ジェラール・ドブルー
世界経済への視線
第12章は世界経済や国際貿易の問題に取り組む経済学者たちが登場します。
アマルティア・セン
アーサー・ルイス
ジェイムズ・ミード
ベルティル・オリーン
ポール・クルーグマン
ロバート・マンデル
とくに貧困問題に取り組むアマルティア・センは経済学の枠を超えて有名です。
ポール・クルーグマンもやたら影響力があって有名。彼の国際貿易の教科書はすごくわかりやすいらしい。
数字へのこだわり
1920年代、統計学者たちは物理学から借りた計算テクニックを経済データに応用。これがのちに計量経済学として進化していきます。
第13章で登場するのはそのような計量経済学者たち。
ラグナル・フリッシュ
ヤン・ティンバーゲン
トリグヴェ・ホーヴェルモ
クライヴ・グレンジャー
ロバート・エングル
ダニエル・マクファデン
ジェイムズ・ヘックマン
歴史と制度
無駄に数学偏重になってしまった経済学ですが、歴史や制度の視点から経済現象にアプローチする研究もまだあります。
第14章で登場する4人はそうしたアプローチをした経済学者たち。
ロバート・フォーゲル
ダグラス・ノース
オリヴァー・ウィリアムソン
エリノア・オストロム
ノーベル経済学賞は数学パズル賞?
最終章は「ノーベル賞再編へ向けて」。
著者はノーベル経済学賞に対して批判的です。数学コンテストみたいになって現実から遊離してるというんですね。
現実の経済問題に取り組み、それを解決するのが経済学のはず。ノーベル経済学賞はそのような挑戦にこそ報いるべき。著者はそう言います。
実際、特に新しい洞察を得たわけでもないのに、経済でよく知られた考え方や行動を数学モデルに置き換えただけで、ノーベル賞に選ばれた学者が多すぎる。
(トーマス・カリアー『ノーベル経済学賞の40年』小坂恵理訳)
経済学はもともと数学偏重のきらいがなくもなかったそうですが、ノーベル賞がそのような性格をしていることが、経済学の現実からの遊離に拍車をかけているのではないかと著者は憤っているわけです。
なお経済のおすすめ本は以下の記事も参照のこと。