ジェイン・オースティンの6大小説を読んでみた【最高傑作はこれ】
史上最高の女流作家とも称されるジェイン・オースティンには、6大小説と呼ばれる作品群が存在します。
・分別と多感
・ノーサンガー・アビー
・高慢と偏見
・エマ
・説得
・マンスフィールド・パーク
ぜんぶ読んでみました。
『高慢と偏見』は新潮文庫の新訳で。面白かったのですぐさま原書で2周目。
『分別と多感』と『ノーサンガー・アビー』と『説得』はいきなり原書で読みました。英語が非常に難しいので、これはやるべきではなかったです。
『エマ』は岩波文庫版。これは失敗。別の訳で読むべき。
最後に『マンスフィールド・パーク』は中公文庫版で読みました。
面白かった順に並べると…
高慢と偏見>分別と多感>ノーサンガー・アビー>説得>マンスフィールド・パーク>エマ
…という感じ。『高慢と偏見』が圧倒的に面白いなという印象。人気なのもうなずけます。
いくつか所感をメモしておきます。
隠れた名作『分別と多感』
『分別と多感』はオースティン作品のなかではあまり目立たないほうかもしれませんが、読んでみたら普通に面白かったです。ちなみにいきなり原著で読みました。
買ったのは『高慢と偏見』『説得』そしてこの『分別と多感』がセットになった商品です。値段が安く、ボックスもお洒落。紙媒体でオースティンの原著を読みたいという人には、超おすすめのバージョンです。
(アマゾンで検索したところ、3冊セットバージョンは見当たりませんでした。もう絶版になったんですかね…?)
文章は難しいですが、内容がどうにも理解できないというほどではなく、なんとか読み通しました。
オースティンの作品では僕はこの『分別と多感』が『高慢と偏見』の次に好きですね。
『分別と多感』の主人公は二人の姉妹です。姉の名がエリナ、妹の名がメアリアン。
そしてここが重要なのですが、タイトルにある分別と多感は、それぞれエリナとメアリアンを指しています。姉のエリナが分別を、妹のメアリアンが多感を表すわけですね。
普通、この作品の解釈では妹メアリアンの変化に焦点が当たります。多感で感情的なメアリアンが挫折を乗り越え、最終的には分別を備えた女性に成長していく物語が『分別と多感』だ、と。
物語後半の、挫折を乗り越えたメアリアンの自己省察と独白には独特の風情があり、オースティン作品のなかでもっとも感動的な場面のひとつだといえるでしょう。
そして最終的には分別が多感に勝利したと解釈されるわけです。この見方では分別と多感に序列があり、分別が上位に置かれるわけですね。
『分別と多感』はこのように妹メアリアンの成長が目立つのですが、実は姉エリナも変化しています。この点を指摘したのが廣野由美子の『深読みジェイン・オースティン』(NHKブックス)でした。
分別を体現するエリナは、物語が進展するにつれ内面のバランスを崩し、多感なパーソナリティを兼ね備えていきます。廣野によると、こちらの変化こそが『分別と多感』の肝です。
しかし僕が思うのは、分別と多感のどちらを上位に置くかというのは的を外した解釈だということですね。
むしろ分別と多感、つまりエリナとメアリアンが、それぞれ自己の対極に目覚めてゆくプロセス全体がこの作品の本質だといえるでしょう。多感が分別へと寄っていくだけでなく、分別のほうも多感のほうへ寄っていっている。いわば分別と多感の両項がともに変化、成長しているのです。
こうして見ると、オースティンの『分別と多感』は実はきわめて奥行きのある作品だということに気づきます。
ジェイン・オースティンのロマンス批判『ノーサンガー・アビー』
ジェイン・オースティン最初期の作品『ノーサンガー・アビー』。オースティンの死後に発売された作品ですが、書かれたのは彼女の作家人生の初期の頃です。
僕が読んだのはWORDSWORTH CLASSICS(ワーズワース・クラシックス)バージョンでした。このシリーズは古典作品を数多く扱っていて、価格の安さが魅力です。他のバージョンと比べると圧倒的に安いです。
しかしここで言っておきたい。ワーズワース・クラシックス版で読むのはやめておけ、と。
なぜか?
文字が圧倒的に小さいのです。行間も詰まって1ページあたりに文章がぎっしりと。読んでいてめちゃくちゃ疲れます。
ワーズワース・クラシックスってこんなに読みにくかったっけ…?マサイ族並の視力があるのなら別ですが、値段の安さにつられてこのバージョンを買うと後悔します。別のバージョンを探しましょう。
文章は難しいです。僕はいきなり原著に挑戦したのですが、無理した感は否めません。理解があやふやなところもけっこうありました。最初に日本語訳を読み、作品を好きになったらさらに原著でも読んでみる。このパターンの方がおすすめです。
『ノーサンガー・アビー』には何が書かれているのでしょうか?
一言でいえば、ロマンス批判です。当時のイギリスで流行していたゴシック小説をパロディ化することで、ロマンス的な小説を皮肉っているのです。
主人公のキャサリンは、現代でいうところのちょっとオタクっぽい女の子。小説の世界に没頭し、現実と幻想の区別がつきづらくなっているようなキャラクターです。
正直キャサリンのこのキャラはかなり魅力的なのですが、オースティンとしてはロマンスにかぶれる読者層のパロディとしてこういう人物を書いている面があります。
物語の後半、キャサリンは自分の未熟さに気づき、分別と現実に覚醒していく。オースティンによくある主人公の成長物語ですが、その成長プロセス全体がロマンス界への批判にもなっているというわけです。
オースティンの文学観は、真実の人間を書くというものでした。幻想的な世界を構築するのではなく、自分が熟知している周囲の狭い世界を題材に、きわめて現実的な物語を書く。これがオースティンにとっての小説です。
このような価値観をもつオースティンからしてみたら、ゴシック小説のようなものは受け入れがたいのでしょうね。現代にオースティンが生きていたら、ファンタジー系の作品には背を向けるのかもしれません。指輪物語とかハリーポッターとか。
ちなみにシャーロット・ブロンテ(『ジェイン・エア』などで有名)はオースティンのこの作風を批判しています。
僕は壮大で幻想的な世界観が好きなので、オースティンの文学観には与できないですね。ただしオースティンの作品自体(とくに『高慢と偏見』)は好きです。
ジェイン・オースティンの最高傑作はエマなのか?
ジェイン・オースティンの最高傑作と言われることもある『エマ』。一般人気では『高慢と偏見』に劣りますが、批評家からの評価が高い点が特徴です。
僕が読んだのは岩波文庫版でした。
まず言えるのは、「岩波文庫版で読むのはやめておけ」ということ。訳がかなり厄介です。一人の登場人物に複数の訳語をあてるため、誰が誰だかわからなくなり頭が混乱します。文章の流れもよくないと思う。
日本語訳で読むのなら、評判のいいちくま文庫版にしておくのがベターでしょう。
では肝心の内容はどうだったか?
正直、あんまり面白くなかったです。オースティンの小説をつまらないと感じたのはこれが初めてです。ひょっとすると訳のせいかもしれません。
登場人物に魅力がなかったと思います。あまりキャラが立っていないと感じました。
逆に登場人物にやたら魅力があるのが『高慢と偏見』なんですね。ここに一般人気の差の理由がある気がします。やっぱりキャラを立たせると人気出ますから。
では批評家はなぜこの『エマ』をオースティンの最高傑作に挙げるのでしょうか?
その理由は語りの技巧にあると言われています。
小説というのは語り手がいますよね。それは神の視点をもつ作者だったり、あるいは一人称で主人公が語り手だったりします。
この『エマ』の場合、語り手の視点が複数存在します。
まず作者オースティンがいます。神の視点から物語を見下ろし、語っていくわけですね。これは普通。
次に各種登場人物。主人公エマだけでなく、ハリエットやナイトリーまでもが語り手の視点の位置に来ます。これもまあ普通。
しかし注目すべきことに、この語り手の視点の移動が、物語の謎を解き明かす上で重要な装置として使われているのです。
作者の視点から主人公の視点へ、さらには主人公の視点からサブキャラクターの視点へ。視点を切り替えて読者に多様なパースペクティブを与え、その奥にある真実を少しずつ明らかにしていきます。
この技巧性が『エマ』高評価の理由といわれています。なかには技巧的に完璧すぎることが本作の欠点だと述べる批評家もいるほどです。
しかしこの『エマ』、一般人気は低いようです。それはよくわかりますね。僕も面白いと思えませんでしたから。
極端な話、批評家がこの作品を持ち上げる理由の一つとして、「あまり面白くないから」というのもあると思います。
批評家というのはみんなと同じことを言っていたんじゃ商売になりませんよね。多数の意見に同意するだけでは批評になりようがありません。みんなと違うことを言わなくてはいけない。
この論理にしたがって批評をすると、「面白い作品の粗を探し、つまらない作品の長所を持ち上げる」という傾向が出てきます。
別に性格がひねくれているというのではなく、みんなと違う意見を言わなくてはならないという論理にしたがうと自然にそうなるのです。
これはどのジャンルでもよく見られる現象です。
ちなみにサマセット・モームは『世界の十大小説』のなかで『エマ』をこき下ろしていて面白いです(彼は自分の大衆性を隠さない)。モーム個人のお気に入りは『マンスフィールド・パーク』だそうです。
オースティンを理解するには『深読みジェイン・オースティン』
オースティンの作品を深く理解したいのであれば、廣野由美子の『深読みジェイン・オースティン』がおすすめです。
この記事も一部本書を参考にして書きました。
オースティンの6大小説をすべて取り上げ、従来の見方とは異なる読みを打ち出す本。オースティンへの理解が多角的に深まります。
その他の世界文学のおすすめ本は以下の記事からどうぞ。