夏目漱石は統合失調症だったのか?『胃弱・癇癪・夏目漱石』
講談社選書メチエの『胃弱・癇癪・夏目漱石』を読みました。
2018年に発売された本で、持病という観点から漱石の生涯を追っています。
本書でもっとも印象的だったのは、漱石の精神病的な兆候。ヤバい人だとは知っていましたが、ここまでとは思わなかったですね。
幻聴や幻覚にはじまり、被害妄想、追跡妄想、そして病気の自覚の欠如。著者はふれていませんが、ふつうに考えたらこれは統合失調症の症状ではないでしょうか?
精神科医の中井久夫によると、統合失調症患者の全員が重症化するとは限らず、なかには人生のある時期だけ統合失調症にかかり、それと気づかぬうちに自然と治っていたというケースもあるそうです。漱石の場合もそれに当てはまる気がしてなりません。
漱石はロンドン留学中におかしくなり、役所への書類を白紙で提出したとか、部屋に閉じこもって一日中泣いているとかいう事件を起こしていたそうです。
しまいには「漱石が発狂した」という噂がたち、これはまずいということで緊急帰国となりました。
ホロビンも指摘するように↓、天才には統合失調症が多いですからね。漱石もその一人なのではと思えてきます。
もうひとつ興味深かったのが、「修善寺の大患」についての著者のコメント。修善寺の大患は有名な事件で、漱石が血を吐いて死にかけたエピソードです(本人いわく実際に一度死んだらしい)。
著者は医学に明るいことで知られていますが、修善寺の大患は温泉の湯が原因だったといいます。
修善寺温泉はアルカリ性単純水。硫黄の臭いもなく澄んで透明度も高い湯である。効能は神経痛、筋肉痛、運動麻痺などによいとされる。だが、効能や泉質はどうであれ、温泉の一般的禁忌症として、急性炎症性疾患、急性感染症、出血性の疾患があげられる。
漱石の胃潰瘍は急性の炎症性疾患と考えられ、また、退院したばかりでもあり温泉は禁忌だった。逆に胃潰瘍を悪化させるので、温泉に浸かってはならなかった。(『胃弱・癇癪・夏目漱石』p.243)
この記述が正しいのかどうか僕には判断できませんが、このような見地からなされたコメントを見たことがなかったので、鮮烈な印象を受けましたね。
さらなる小ネタとして、漱石の最後の主治医は漱石の元教え子だったそうです。
しかもその人物は『坊っちゃん』に生徒として登場するとか。幾何の問題をもってきて主人公を困らせるあの少年がそれです。
精神病理学的な観点から漱石の生涯をたどる良書。夏目漱石という人物に関心のある人におすすめです。