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初期ドストエフスキーの重要作品『二重人格』【隠れた良作】

2025年8月15日ドストエフスキー

『貧しき人々』で鮮烈なデビューを果たし、文壇の寵児となったドストエフスキー。

彼が自信満々で世に送り出した2作目が『二重人格』です。

岩波文庫版で十数年ぶりに再読してみました。これが2周目です。

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『二重人格』のあらすじ

主人公ゴリャートキンは平凡な官吏。当時のロシア文学に典型的な中年男性です。鉄の檻のような近代社会。そこに取り込まれて身動きできない卑小な自分。しかし自尊心だけは膨れあがっていく…

ゴリャートキンは被害妄想に取り憑かれ、しまいにはその妄想からもう一つの人格が生成、ゴリャートキンのドッペルゲンガーを出現させるに至ります。

そしてこの新ゴリャートキンが抜け目なく立ち回り、旧ゴリャートキンを追い詰め、その地位を掘り崩していく…という流れ。

暗示、暗示で物語られる作風はすでにここで確立されています。話がすごくわかりづらい。分身が本当に存在するのか、ゴリャートキンにしか見えていない幻覚なのか、それもいまいちわからない(解説などを読むとゴリャートキンの幻覚らしい)。

ゴーゴリやレールモントフの影響も強く、ドストエフスキー史上もっともゴーゴリの影響が強い作品と言われています(とくに『鼻』)。

 

個人的には序盤がおもしろいと感じました。

とくに主人公がパーティで醜態を演じる場面は名シーン(このへんのゴリャートキンに共感を覚えない読者は幸福な人間です)。その帰り道、恥ずかしさのあまり内面的に破滅しかけているゴリャートキンの前に、ついに彼の分身が現れます。

だが突然…突然彼は全身をぎくりと震わせると、思わず二歩ばかりわきのほうへ飛びのいた。言いようのない不安にかられて、彼はぐるりとあたりを見まわしはじめた。だが誰もいない、なにも変わったことは起こっていなかった。――だがそれにもかかわらず…それにもかかわらず、誰かがいま、たったいま、彼のかたわらに、彼と並んで、同じように河岸の欄干にもたれていたように、彼には思われたのである。

(ドストエフスキー『二重人格』小沼文彦訳)

ここが本作のピークではないかと。このへんは後の名作にも劣らないパワーをもっている気がします。

 

『二重人格』はどう評価されてきたか

『二重人格』は、ドストエフスキーのデビュー作『貧しき人びと』の直後に発表されました。

『貧しき人びと』で文学界に鮮烈な印象を与えたドストエフスキーでしたが、『二重人格』は期待に応える作品とはみなされませんでした。

評論家ベリンスキーをはじめとする進歩的な批評家たちは、本作を難解で、感情移入しにくく、主題が曖昧だと評しました。登場人物の精神状態の描写が過度に内向的で、不自然であるという批判もあったようです。

19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ドストエフスキーが『罪と罰』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』などの代表作によって再評価されていく中でも、『二重人格』の評価は限定的でした。

ただし、20世紀以降になると、精神分析の視点から再評価されるようになります。特にジークムント・フロイトやカール・ユング以降の心理学的観点から、「自己の分裂」や「内的葛藤」というテーマが、のちの代表作に先立って本作に現れていることが注目されることもありました。

とはいえ、現在でも『二重人格』はドストエフスキー作品の中ではマイナーな存在であり、彼の傑作群に比べて読む人は少ないです。

 

『二重人格』の重要テーマ

発売当時の評判は賛否両論で、次第に否に傾いていき、ついにはほとんど忘れ去られたこの作品。

しかしドストエフスキーはこの作品を終生大切に思っていたそう。実際、「私は後にも先にもこのイデー以上に重大なものは暑かったことがない」と、後年の『作家の日記』のなかでも述べています。

その重大なイデーとはなんでしょうか?

自己の分裂がそれです。このモチーフは捨て去られることなく、むしろ後年の作品でさらに深く追求されていきます。

たとえば『カラマーゾフの兄弟』におけるイワン。スメルジャコフと悪魔は彼の分身であり、いずれもイワンとの内的対話を繰り広げます。

そういえば『二重人格』において、下男のペトルーシカがゴリャートキンの窮地を見抜き態度を豹変させるシーンは、イワンとスメルジャコフの関係変化を思わせますね(それぞれの役回りや内面的深さはまったく違いますが)。

他にも『罪と罰』のスヴィドリガイロフはラスコーリニコフの分身ですし、『悪霊』のスタヴローギンはいくつもの分身に分裂しています。

『二重人格』というと突飛な展開をする地味な作品みたいなイメージがありますが、実は後年の名作につながるメインテーマが初めてここで打ち出されているわけですね。

優先的に読むべき作品ではないですが、ドストエフスキーファンなら一読しておいても損はないと思います。

関連:ドストエフスキーの小説はどれから読むべきか?【この順番がおすすめ】

さて次は同じくドストエフスキーの『虐げられた人々』(新潮文庫)を再読していこうと思います。

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