『世界の十大小説』モームが選ぶ世界文学ベストテン
サマセット・モームの『世界の十大小説』(岩波文庫)を読みました。
自身も高名な小説家であるモームが、世界の小説からベストテンを選出し論じるという面白い本。
モームが選んだ10冊は以下の通り。
ヘンリー・フィールディング『トム・ジョーンズ』
ジェイン・オースティン『高慢と偏見』
スタンダール『赤と黒』
バルザック『ゴリオ爺さん』
ディケンズ『デイヴィッド・コパフィールド』
フローベール『ボヴァリー夫人』
メルヴィル『白鯨』
エミリー・ブロンテ『嵐が丘』
ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』
トルストイ『戦争と平和』
批評書みたいなノリで楽しめます。僕は丸谷才一の文芸評論とか好きなんですが、そういう面白さがありますね。モームに興味がなくてもいけます。
作家の伝記が来て、それから簡単に作品の紹介をするという構成。テーマとなる10人以外の小説家もばんばん登場します。
けっこう毒舌です。この人ほんとにこの作家が好きなのかと疑わしくなる場面もあるほどです。
モームは素人の味方
本書の最大の魅力は、モームの素人礼賛モード。専門家嫌いというのか、斜に構えた態度を潰していくようなモードが全開で、それが心地よいです。
芸術の本分は人を楽しませること。小説なんて読んで面白けりゃそれでいい。こういう開き直った態度が随所で炸裂します。
専業の批評家だったらこうはいかないと思います。批評ってみんなと同じことを言ってちゃ商売にならないんですよね。したがって必然的に斜に構えた態度になりがちなんです。性格がひねくれてるからというより、批評の論理にしたがうと自然とそうなりがち。
だから批評家が「世界の十大小説」みたいな本を書いたら、大衆の好みから微妙に外したものを持ち上げるのは目に見えます。
モームはそういうしゃらくさい態度が嫌いなんでしょうね。また本業が批評ではなく小説家ですから、いくら自由に振る舞ってもダメージが少ない。だから本書ではミーハー趣味が全開です。しかしそれは、いわば裏の裏としての表なわけです。
選出された作家やその作品にもそれが表れていますね。
たとえばディケンズ。モームはディケンズ作品のなかから、『デイヴィッド・コパフィールド』を挙げています。これは本当に面白い小説で僕も大好きなんですが、こういう企画でこの本を選出するのはかなり思い切ったことだと思う。
批評家なら『荒涼館』あたりを挙げないとまずいわけです。暗黙の掟というか、空気みたいなものがあるんですよね。
好きな音楽はと聞かれてビートルズと答えちゃいけないみたいな。ジョン・レノンならまあオーケーだけどポール・マッカトニーは駄目みたいな。そういう微妙な線引がある。
そのような不文律を堂々と蹴散らしていくのが本書の魅力です。
海外文学のブックガイドといえば、丸谷才一の『快楽としての読書』の海外編もおすすめです。
といっても僕はまだ読んでないのですが、日本篇が面白かったので海外編も間違いないでしょう。そのうち読む予定。
そういえば丸谷才一もモームと似たような精神がありますね。専門家の閉鎖的な空気を嫌って、素人の味方につこうとするような。しかもそれを圧倒的な博識でもって遂行するから説得力があるんですよね。
モームはイギリスの小説家、丸谷才一は英文学を専門とする小説家。このへんも関係があるのかもしれません。