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市民社会ってどういう意味?【アリストテレスからヘーゲル、マルクスそして現代へ】

2025年12月30日ヘーゲル

「市民社会」という言葉は、私たちにとってどこか自明で、説明を要しない概念のように見えます。

しかしその内実をたどっていくと、それは決して一枚岩ではなく、歴史と社会の変化のなかで繰り返し書き換えられてきた、きわめて動的な概念であることが分かります。

アリストテレスのポリス論に始まり、ヘーゲルによる国家と社会の分離、マルクスによる批判的継承、さらにグローバル資本主義下での再定義と、日本における特殊な受容まで。

この記事では、市民社会という概念が何を意味し、何を担わされてきたのかを思想史的に整理しながら、現代においてあらためて問われるその意義を明らかにしていきます。

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アリストテレスから始まる市民社会概念の歴史

「市民社会」という言葉は近代的な響きをもっていますが、その思想的起源は古代ギリシアにまでさかのぼることができます。

とりわけアリストテレスの政治思想は、市民社会概念の原型を理解するうえで決定的に重要です。

アリストテレスにとって、人間は「ポリス的動物」でした。人間は単独では自己完結せず、言語(ロゴス)を通じて善悪や正不正を論じ合い、共同体の中で生きる存在だと考えられます。

このとき彼が想定していた共同体の完成形がポリスであり、ポリスは単なる居住の集合ではなく、「善く生きる」ための倫理的・政治的共同体でした。

ここでは、家政(オイコス)と区別された公共的空間において、市民が政治的判断を行うことが重視されます。

重要なのは、アリストテレスにおいては、後に「国家」と「社会」として分離される二つの領域が、まだ一体として捉えられていた点です。ポリスは政治権力の場であると同時に、市民が経済活動や社会的関係を営む場でもありました。

つまり、古代的意味でのポリスは、近代的な意味での国家でも市民社会でもなく、その両者を未分化な形で含み込んだ全体だったのです。

 

この未分化性は、ローマ時代の「キウィタス」概念にも引き継がれます。

キウィタスは市民の法的身分と共同体の双方を意味し、ここでも政治的秩序と社会的生活は明確に区別されていませんでした。

中世に入ると、封建的身分制とキリスト教的秩序のもとで、共同体は神学的・身分的な枠組みによって構造化され、「市民社会」を独立した概念として捉える余地はほとんどありません。

 

転機が訪れるのは近代初期です。

ホッブズやロックといった社会契約論者は、「自然状態」から「政治社会」への移行を理論化するなかで、市民(civil)という概念を前面に押し出しました。

ただし、この段階でも「市民社会(civil society)」は、しばしば「国家」や「政治社会」とほぼ同義で用いられており、国家から区別された自律的な社会領域を意味してはいません。

 

このように見てくると、「市民社会」という概念は、最初から国家と対置される形で存在していたわけではないことが分かります。

アリストテレス的ポリスにおいては、政治・社会・倫理が一つの全体として構想されており、市民社会とは、後世の理論的分化の結果として初めて姿を現す概念だったのです。

この古代的な全体性がどのように解体され、近代において国家と社会が区別されるようになったのか——その転換点に位置するのが、次に見るヘーゲルの市民社会論です。

 

ヘーゲルによる市民社会概念の更新

近代において「市民社会」概念を決定的に刷新したのがヘーゲルです。

彼は、それまで曖昧に用いられてきた市民社会を、国家から明確に区別された一つの社会領域として理論化しました。この区別こそが、近代的市民社会概念の出発点になります。

ヘーゲルは『法の哲学』において、近代社会の構造を「家族―市民社会―国家」という三契機からなる体系として捉えました。家族は愛情と自然的結合にもとづく共同体であり、市民社会は個人が私的利害を追求する場、国家は普遍的利益を体現する倫理的共同体とされます。

ここで重要なのは、市民社会がもはやポリス的な全体ではなく、国家とは異なる独自の論理をもつ領域として位置づけられた点です。

ヘーゲルにとって、市民社会は「欲求の体系」として特徴づけられます。人々は自らの欲求を満たすために労働し、分業を通じて相互依存的な関係に組み込まれていきます。市場、職業団体、司法制度、警察といった制度がここに含まれ、社会は自律的に機能しているかのように見えます。しかし同時に、市民社会は貧困や格差、疎外といった矛盾を不可避的に生み出す場でもあります。

この矛盾を調停する原理としてヘーゲルが想定したのが国家です。国家は市民社会の上位に立つ外在的権力ではなく、市民社会が生み出す利害対立を普遍的意志へと統合する倫理的全体とされます。

言い換えれば、市民社会は近代的自由の現実的基盤であると同時に、そのままでは自己破綻を孕む不完全な領域であり、国家による媒介を必要とする存在だったのです。

 

マルクスの資本主義社会分析へ

マルクスは「市民社会=欲求の体系」というヘーゲルの把握をほぼそのまま引き継ぎつつ、その意味づけだけを根底から反転させたと言えます。

ヘーゲルとの決定的な分岐点――国家の位置づけ

まず確認しておくべきなのは、マルクスが目指すのは国家の完成ではなく、その歴史的廃絶であるという点です。ここがヘーゲルとの決定的な違いです。

ヘーゲルにとって、市民社会は欲求と利害が錯綜する「分裂の場」であり、その矛盾を止揚するのが国家でした。国家は倫理的全体であり、市民社会の利己性を普遍的意志へと統合する媒介です。

これに対してマルクスは、この構図そのものを転倒させます。

国家は市民社会の矛盾を解決する主体ではなく、その矛盾を前提として成立する上部構造にすぎない。国家が掲げる「普遍性」や「公共性」は、市民社会における私的利害の分裂を覆い隠す観念的形式であり、現実的な和解ではありません。

したがって、マルクスにおいて国家は「完成されるべきもの」ではなく、市民社会の階級的対立が存在する限り必要とされる暫定的装置であり、最終的には不要になるものです。

欲求の体系としての市民社会――ヘーゲルからの継承

一方で、市民社会を「欲求の体系」として捉える視点そのものは、マルクスはヘーゲルからほぼストレートに継承しています。

マルクスも、市民社会を以下のような場として理解します。

・個人が私的利益にもとづいて行動する
・分業と交換によって相互依存が強化される
・表面的には自由で平等な主体が並び立つ
・しかし内実は深い不平等と支配関係を孕む

この描写は、ヘーゲルの市民社会論と驚くほど連続的です。

違いは、ヘーゲルがここに倫理的発展の契機を見たのに対し、マルクスはここに資本主義の冷酷な現実を見た点にあります。

市民社会=資本主義社会という転換

マルクスの独創性は、市民社会を具体的な生産関係として捉え直したことにあります。

ヘーゲルにおける市民社会は、まだ比較的抽象的な社会領域でした。しかしマルクスは、市民社会を次のように読み替えます。

市民社会とは
→ 私的所有にもとづく
→ 商品交換が支配する
→ 階級分裂を内包した
→ 資本主義的生産関係の総体

『ドイツ・イデオロギー』や『経済学・哲学草稿』では、国家・法・宗教・道徳といった諸形態は、市民社会=物質的生活過程から派生するとされます。

ここで市民社会は、もはや中間領域ではなく、社会の土台(下部構造)として位置づけられます。

つまり、

ヘーゲル:
市民社会 → 国家によって止揚される

マルクス:
市民社会(資本主義) → 国家を生み出す

という因果関係の逆転が起きています。

市民社会批判と国家廃絶の論理

マルクスが国家の廃絶を展望するのは、国家そのものを悪とみなしたからではありません。

国家は、市民社会における階級対立を管理するために存在しているからこそ、階級対立が消滅すれば不要になるという論理です。

この意味で、マルクスの国家廃絶論は、ユートピア的願望というよりも、きわめて構造論的です。

・市民社会=私的所有と分業にもとづく欲求の体系
・そこに階級対立が生まれる
・それを調整・強制する装置として国家が成立する
・生産関係が変わり、階級対立が解消されれば
・国家という装置も歴史的役割を終える

したがって、市民社会の批判的解体こそが、国家廃絶への唯一の道になります。国家を直接否定するのではなく、市民社会のあり方を変えることによって、国家を「不要にする」わけです。

 

現代のグローバル資本と市民社会

20世紀後半以降、西洋における市民社会概念は、もはや国家との関係だけで語られるものではなくなりました。

市場経済が国境を越えて展開し、多国籍企業や金融資本が国家の統制を超えて影響力を持つようになるなかで、市民社会は「グローバル資本」に対抗しうる社会的拠点として再定義されるようになります。

この文脈で参照されるのが、トクヴィル以来の結社論の系譜です。自発的な市民結社、NPO、NGO、労働組合、地域コミュニティといった中間団体は、国家権力や市場の論理に直接回収されない空間として位置づけられます。

とりわけ1980年代以降の新自由主義的改革によって、国家が福祉や規制から後退するなか、市民社会は社会的連帯や公共性を担保する最後の拠り所として期待を集めました。

ユルゲン・ハーバーマスの議論は、この現代的市民社会論を代表するものです。

ハーバーマスは、生活世界とシステムの対立という枠組みのもとで、市場と官僚制がもつ道具的合理性が、コミュニケーションにもとづく公共性を侵食する危険を指摘しました。

市民社会は、公共圏を通じて批判的討議を生み出し、経済や国家権力を民主的に制御する媒介装置として構想されます。ここで市民社会は、単なる私的領域ではなく、民主主義を支えるインフラとして理解されているのです。

 

しかし同時に、現代の市民社会は単純に「資本に対抗する善なる領域」として捉えることはできません。

グローバル資本から過度に独立しようとする市民社会は、しばしば資源不足や影響力の欠如に直面します。財政的基盤を持たない市民団体は持続可能性を欠き、象徴的な抗議や道徳的主張にとどまってしまう危険があります。

結果として、市場の現実を動かす力を持たない「無力な批判」に陥ることも少なくありません。

 

一方で、市民社会がグローバル資本と過度に結びついた場合、別の問題が生じます。

企業の資金援助やパートナーシップに依存することで、批判的機能が弱まり、社会的責任を演出するための装置、いわば資本の「共犯者」として機能してしまう危険です。

企業のCSRやESG投資と結びついた市民活動は、一見すると公共性を拡張しているようでいて、実際には既存の経済構造を正当化する役割を果たしてしまう場合があります。

 

このように、現代西洋における市民社会は、国家・市場・グローバル資本との距離の取り方という、きわめて繊細なバランスの上に成り立っています。

完全な自律を志向すれば影響力を失い、過度な協調を選べば批判力を失う。その緊張関係のなかで、市民社会はいかにして公共性と実効性を両立させるのかが問われています。

現代的市民社会論の核心は、資本主義を外部から否定する理想主義にあるのではなく、資本主義と関わりながらも、それを民主的に拘束し、方向づける社会的回路をいかに設計するかにあります。

市民社会は、グローバル資本に対抗する「外部」ではなく、緊張を孕んだ「内在的な対抗軸」として理解されるべき段階に入っているといえるでしょう。

 

日本における市民社会概念の歴史

近代日本において「市民社会」概念が本格的に論じられるようになるのは、西洋思想の受容が進んだ明治以降、とりわけ戦前・戦後のマルクス主義的社会科学の展開のなかにおいてでした。

その中心的役割を担ったのが、いわゆる講座派マルクス主義です。日本の市民社会論は、自由主義的な市民結社の発展というよりも、日本資本主義の歴史的性格をどう捉えるかという理論的課題と深く結びついて形成されました。

講座派の問題意識の出発点は、日本社会が「近代的市民社会」を本当に成立させたのか、という問いにありました。山田盛太郎、羽仁五郎、野呂栄太郎らに代表される講座派は、日本資本主義を「半封建的」な性格を残した特殊な発展形態として捉えます。地主制の残存、天皇制国家の強固さ、農村の身分的・共同体的構造などが、近代的な市民社会の形成を阻害してきたというのが彼らの基本的認識でした。

この文脈で「市民社会」とは、単に市民的自由や市場経済が存在する状態を意味するのではありません。私的所有にもとづく自由な経済活動、法の下での形式的平等、国家権力から相対的に自立した社会領域が総体として成立しているかどうかが問題とされました。

講座派にとって、日本ではこれらの条件が十分に満たされておらず、市民社会は未成熟、あるいは歪んだ形でしか存在していないと考えられたのです。

この議論は、ヘーゲル=マルクス的な市民社会概念を強く意識しています。国家と市民社会が分離し、市民社会が資本主義的生産関係の基盤として機能するという西欧的モデルに照らしたとき、日本では国家が市民社会の上位に立ち、経済・社会を強く包摂してきたと講座派は見ました。とりわけ天皇制は、国家の超歴史的・超階級的装いによって、市民社会内部の階級対立を覆い隠す装置として理解されました。

その結果、講座派の市民社会論は、理論的であると同時に強い政治的含意を帯びます。日本における民主主義や社会主義への移行は、まず「市民社会的段階」を確立すること、すなわち封建的残滓を一掃し、近代的な市民的諸関係を完成させることが前提だと考えられたからです。

市民社会は、すでに達成された現実ではなく、歴史的に未完の課題として位置づけられました。

 

もっとも、この講座派的理解は戦後日本の高度経済成長や社会構造の変化のなかで再検討を迫られます。

都市化とサラリーマン層の拡大、法制度の整備、市場経済の深化によって、市民社会は一定程度成立したのではないか、という見方も強まりました。

しかしそれでもなお、日本における市民社会は国家への依存性が強く、自律的公共性が弱いという評価は、形を変えつつ今日まで引き継がれています。

近代日本における市民社会概念は、講座派マルクス主義を軸として、「欠如」や「未成熟」という否定形で語られてきました。

それは単なる理論上の問題ではなく、日本の民主主義や公共性の脆弱さをどう理解し、いかに克服するかという、現在にも続く問いを内包する概念だったのです。

 

市民社会を理解するためのおすすめ本

『市民社会とは何か──基本概念の系譜』(植村 邦彦)は、市民社会という概念の変遷を歴史的にたどりながら、その現代的意義を問い直す貴重な一冊。

市民社会を単なる理論上の概念ではなく、実際に私たちの社会にどのような影響を及ぼしているのかを理解するうえで、大いに参考になります。この内容を新書で読めるのはお得です。

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