地理学・人間学・霊能者にハマるカント 坂部恵『カント』【書評】

カント

坂部恵の『カント』(講談社学術文庫)を読みました。

元々は「人類の知的遺産」シリーズの一冊として出ていたもの。このシリーズは思想家の伝記と、本人の著作からの抜粋よりなる構成が特徴で、どれもクオリティが高いことで知られます。現在では大部分が講談社学術文庫に移植されています。

著者の坂部恵は日本を代表するカント研究者のひとり。いい意味で学者らしくないスケールというか、柔軟性のようなものをもった人です(カント学者って意外とそういうタイプ多い気がする)

本書は前期カントに光を当てているところが特徴です。浮世離れした形而上学者ではなく、人間的な関心を旺盛にもったカントの姿が浮かび上がってきます。本書を読むとカントのイメージが色々と変わると思う。

それは著作についてもそうで、たとえば『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』の三批判書。この三批判書といえばカントのみならず哲学をも代表する作品とされがちですが、実はきたる形而上学のために下地を整えるための準備作業にすぎなかったというんですね。カントにとってはむしろ『自然科学の形而上学的原理』と『人倫の形而上学』が本丸だったと。

また応用哲学として、人間学や自然地理学といった分野にも、晩年まで並々ならぬ関心を寄せていたことが明らかになります。

地理の研究にハマりすぎたせいで、当地の人間よりもその土地に詳しくなってしまった模様。一度もケーニヒスベルクの外に出たことがないにも関わらず、「どのくらいロンドンに暮らしていらしたのですか」とか「イタリア在住は長かったのですか」などと尋ねられることも珍しくなかったそうです。

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カントの哲学体系は次のようになっていました。

・純粋哲学(予備の批判と本丸の形而上学)
・応用哲学(自然論と人間学)

まず純粋哲学と応用哲学に大きくわかれ、純粋哲学のほうは準備作業としての批判(純粋理性批判などがこれ)と、本丸としての形而上学。そして応用哲学のほうは経験的自然論と経験的人間学がきます。

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スウェーデンボルグと『視霊者の夢』

坂部恵の特徴は、『視霊者の夢』がカントのピークだと主張する点にあります。

著者いわく、これは前期カントの総決算ともいうべき著作。霊能者スウェーデンボルグを扱った作品です。ちなみにこれも現在では講談社学術文庫で読めます。

スウェーデンボルグは当時スウェーデンで活動していた超弩級の霊能者で、未来を予知したり、霊界から死者のお告げを受信したりして、常識では考えられない事象をバンバン引き起こします。

カントはこのスウェーデンボルグに興味をもち、本人あてに手紙まで書いたとのこと。ここらへんがカントの底知れぬところで、世間一般の常識と科学を同一視しているタイプの学者では、こういう行動には出ないと思います。

『視霊者の夢』でカントが何をするかというと、まずスウェーデンボルグを擁護する論証を組み立てるんですね、で、次に今度はスウェーデンボルグを批判する論証を組み立てます。そして最終的にはそのどちらにも組みせず、そのいずれをも批判するという道行きを進むのです(後の純粋理性批判の弁証論を思わせる)。

カントいわく、霊能者も、それを批判する形而上学者も、人間に知りうることの限界を突破して、語り得ぬことについてガヤガヤ騒いでいるだけじゃないかと。大切なのはむしろ、人間が知りうることの限界線を画定することなんじゃないかと。

ここから、人間の認識能力の限界を突き止めるプロジェクトとしての批判哲学に、後期カントは向かっていくわけです。

 

ただ個人的にはしっくりこないんですよね。なぜスウェーデンボルグの認識を、人間に知り得ない領域だと断定してしまえるのか。時代の常識に流されているだけなんじゃないのかと感じるんですよ。

スウェーデンボルグみたいな人はちらほら出てくるわけだし、人間の認識能力はカントが思っているよりも奥深いんじゃないか。

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未来の科学者からしたら、スウェーデンボルグのような現象も常識の範囲内になっているかもしれないですよね。

 

なお坂部恵の代表作といえば『理性の不安 カント哲学の生成と構造』。かなり有名な本です。

カントのピークは『視霊者の夢』だ、というような独自の見方は本書に出てきます。といっても僕はまだ読んだことないんですけどね。

いつか読もうと思っている作品のひとつです。