リルケの詩人論が美しすぎる『若き詩人への手紙』【書評】

2020年11月29日

久しぶりに詩人リルケの『若き詩人への手紙』(新潮文庫)を読み返しました。

文字通り、詩人志望の若者へ向けてリルケが書き送った書簡をまとめた本です。全体としては正直あまり印象に残っていなかったのですが、今回の再読で、とんでもない名著であることが判明しました。

とくに最初のほうの手紙は強烈な詩人論になっていて、これを大切に保管し公表したカプス君(手紙を受けとった青年)にはグッジョブと言わざるをえないでしょう。

訳者あとがきには「これを読んで力が湧いてこない者は詩人の資格がない」みたいに書かれていますが、ほんとそれぐらいの文章だと感じました。ただの手紙にこんな強力な文章を書くのかよ、という衝撃があります。いくつか引用してみましょう。

詩人の適正があるかどうか、どうしたら分かるのか?リルケは次のように言います。

自らの内へおはいりなさい。あなたが書かずにいられない根拠を深くさぐって下さい。それがあなたの心のもっとも深いところに根を張っているかどうかをしらべてごらんなさい。もしもあなたが書くことを止められたら、死ななければならないかどうか、自分自身に告白して下さい。何よりもまず、あなたの夜の最もしずかな時刻に、自分自身に尋ねてごらんなさい、私は書かなければならないかと。

平凡で退屈と思われる日常については、次のように言います。

もしあなたの日常があなたに貧しく思われるならば、その日常を非難してはなりません。あなた御自身をこそ非難なさい。あなたがまだ本当の詩人でないために、日常の富を呼び寄せることができないのだと自らに言い聞かせることです。というのは、創作する者にとっては貧困というものはなく、貧しい取るに足らぬ場所というものもないからです。

芸術作品に対する評価に関しては、次のように書いています。

必然から生まれる時に、芸術作品はよいのです。こういう起源のあり方の中にこそ、芸術作品に対する判断はあるのであって、それ以外の判断は存在しないのです。

また批評を読むことを慎むようにとアドバイスした後で、次のように言います。

芸術作品は無限に孤独なものであって、批評によってほど、これに達することの不可能なことはありません。ただ愛だけがこれを捉え引き止めることができ、これに対して公平であり得るのです。

ところでこの本、「私は時間との追いかけっこは諦めました」みたいなフレーズがあったはずなんですが、今回の再読では見当たりませんでした。

見落としてしまったのか、それとも僕の記憶違いで、別の本に登場したフレーズだったのか?わからん…

最初に読んだのはもう10年くらい前だった覚えがありますが、その時間についてのフレーズだけ強烈に印象に残っていて、今でもよく思い出すんですよね。

自分が年をとって、時間の流れがものすごいスピードと化すたびに、リルケのあの言葉を思い出すのです。時間に追いつけないな、もう追いかけっこはやめよう、と。

そのフレーズを探し当てることが再読の目的だったので、そこは残念。とはいえ以前読んだときは気づけなかったこの本の凄みを味わえたので、結果オーライです。