ハイデガーに入門するのは意外と難しくない【おすすめ入門書7選とおまけ】
20世紀を代表する哲学者ハイデガー。彼の思想を理解するのは、実はそこまで難しくありません。
「最難関の哲学者だ」みたいなイメージが流布していますが、そうでもないのです。
カントやヘーゲル、あるいはドゥルーズやデリダといった哲学者たちと比べると、説明はていねいで親切。話の道筋を辿っていけばちゃんと理解できるようになっています。
それでも読者がつまづきがちなポイントはあって、それが以下のふたつ。
・ハイデガー独自の用語を使っている
・「現象学」という方法を使っている
ハイデガーに打ち砕かれた人というのは、たいていどっちかにつまづいていると思います。
このふたつのハードルをクリアできるように、良質な入門書で肩慣らしをしておくのがいいです。
幸いなことに、日本ではハイクオリティなハイデガー入門書が数多く出ています。
以下、6冊の入門書と1冊のオマケを紹介します。
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木田元『ハイデガーの思想』
まずは木田元の『ハイデガーの思想』(岩波新書)。
現代日本を代表するハイデガー研究者による、一般向けの解説書です。怖ろしくわかりやすい、そして面白い。
哲学史寄りの理解をするところが木田元の特徴。「ハイデガーは独創的な思想家である前に、超一流の哲学史家だったのだ」というふうに。
とくにニーチェがハイデガーに与えた影響力を重視しています。
國分功一郎によると、日本のハイデガー研究は木田元の枠組みを乗り越えることを課題にしているらしい。それくらい良くも悪くも影響力をもったということですね。
木田元は他にも良書を数多く出していて、どれも少なからずハイデガーと関連しています。まずは木田の本で全体像をつかむのがいいと思います。
谷徹『これが現象学だ』
ハイデガーは現象学という方法を使います。ハイデガーの師フッサールが発明した独特の思考方式ですね。
とくに初期のハイデガーは、この現象学を駆使しまくる。したがってこの方法がわかっていないと、『存在と時間』などは何をやっているのかわからなくなりがちなのです。
ということで現象学の入門書を読んでおくといいのですが、圧倒的にオススメなのが谷徹の『これが現象学だ』(講談社現代新書)。
初めて読んだとき、あまりのわかりやすさに稲妻が走ったかのような衝撃を受けたことを覚えています。
これを理解しておけば、現象学を駆使しまくった展開に置いていかれることもなくなるでしょう。
もう一冊ぐらい現象学の本が読みたいという人には、またもや木田元になりますが『現象学』(岩波新書)がおすすめ。名高い名著です。
轟孝夫『ハイデガー「存在と時間」入門』
これは2017年に出た新しい本。新書のわりに、ページ数がすごいです(448ページ)。
この本の特徴は、『存在と時間』に潜って内側からていねいに解説していくところ。一番最初から順番に、ここはこういうことを言っている、そこはああいうことを言っているというふうに、読者と一緒にハイデガーのテキストを読みすすめていくタイプの本です。
入門書として読んでもいいですが、『存在と時間』を読む時にかたわらに置いて辞書のように参照すると抜群の効果を発揮します。
こういうタイプの本は以前だとマイケル・ゲルヴェン『ハイデッガー「存在と時間」注解』(ちくま学芸文庫)がオススメでしたが、今から読むならこっちがいいです。最新の研究成果が盛り込まれていますしね。
関連:カントの影響で存在と時間が結合 轟孝夫『ハイデガー「存在と時間」入門』
古東哲明『ハイデガー=存在神秘の哲学』
基本的には上記の3冊で十分だと思います。しかしさらに多角的に理解を深めておきたいという人におすすめしたいのがこの『ハイデガー=存在神秘の哲学』(講談社現代新書)。
これはとても毛色の変わった本。こまかい学術的な議論は出てきません。ハイデガー思想のコアを取り出し、それを著者のオリジナルな言葉で表現していきます。
ハイデガーには何か根本的な存在体験があったに違いないんですね。頭の中で概念のパズルを解いているだけなら、ああいうパッションは出てきようがないですから。そしてその体験を元にして西洋哲学の常識的な存在感を断罪していくわけです。
その根本体験とはなんなのか?古東はそこに迫ります。
非常に文学的な味わいがあり、ハイデガー入門書としてのみならず、ひとつの作品として強大な力をもっています。どちらかというと後期ハイデガーの理解に役立ちますね。
古東哲明のファンになってしまったという人には、『現代思想としてのギリシア哲学』(ちくま学芸文庫)もオススメしておきます。こちらも古東節が全開の名著です。
細川亮一『ハイデガー入門』
もう一冊、理解を多角的にするための入門書を紹介します。細川亮一の『ハイデガー入門』(ちくま新書)です。
ゴリゴリの哲学史です。ギリシア哲学との関係性から、ハイデガーを理解していく。これほんとに新書なのと疑いたくなるような内容。めちゃくちゃ本格的な哲学史が展開されます。
木田元はニーチェの影響を重視しましたが、こっちはアリストテレスを重視します。ハイデガーはもともとアリストテレス研究者ですからね。彼の発明する概念がいかにアリストテレスに負っているかが、次々と暴露されていきます。
ウィトゲンシュタインとハイデガーに共通する部分を強調するのも、この人の特徴。この二人を読んだことのある人は、「ウィトゲンシュタインとハイデガーってどこか似てるな」と感じたかと思います。著者はそこを掘り下げます。
はっきり言って難しい本。初心者が読むようなものではないです。しかし本書の視点を持っておくとハイデガー理解が圧倒的に深まるので、ある程度の知識に達したあとで挑戦してほしいですね。
高田珠樹『ハイデガー 存在の歴史』
初期のハイデガーに着目した伝記的な著作です。
『存在と時間』から振り返り、実は初期のハイデガーのうちに、中期や後期につながる問題設定が芽生えていたことを明らかにしていく構成になっています。
若い頃のハイデガーは論理学や数理哲学に興味をもっていたとか、ニーチェやベルクソンから影響を受け始めたのは第一次世界大戦後だったとか、最初は就職のためにいやいや中世スコラ哲学に取り組んだとか、興味深いエピソードが満載です。
後期はかるく流す程度ですませています。したがって後期の伝記や思想内容をくわしく知りたいのなら別の本を読む必要があります。伝記ならオットーかザフランスキーのものがおすすめ。
中盤には『存在と時間』の解説もあります。これが簡潔にまとまっていて、すこぶるわかりやすい。入門書を読み終えた読者なら、整理の明快さに感動すると思います。
前期ハイデガーと後期ハイデガーに連続性を見出すのが著者の特徴です。
東浩紀『存在論的、郵便的』
これは若干おまけ寄り。東浩紀のデビュー作。ジャック・デリダの解説書です。内容はむずかしいけれども、文章は明晰で読みやすいほうだと思います。
色々な哲学者を参照しながら議論が進むのですが、ハイデガーとフロイトは別格の扱い(デリダがこの2人を導きの糸にしていたため)。したがってハイデガーの解説書としても読める部分があります。
他ではなかなか味わえないような観点から鋭く切り込んでいて、非常に勉強になります。ハイデガーが何をやっているのかをロジカルに提示する感じ。パっと視界が開ける瞬間がなんどもあります。
議論があまりに図式的すぎてリアリティが欠けてると感じる人は、上述の古東哲明の著作を読んで中和するといいでしょう。
キルケゴール『死に至る病』
最後にオマケの一冊。実存主義の大ボス・キルケゴールの代表作『死に至る病』(ちくま学芸文庫)です。
これを読むと、ハイデガーの実存思想への理解が深まります。初期のハイデガーはキルケゴールに依拠しまくってますからね。『存在と時間』の元ネタがわんさか登場します。
ハイデガー哲学においてこの実存主義的な部分というのは欠かせないパートなのですが、日本の解説書ではスルーされることが多いのですね。これはドストエフスキーを論じるときにキリスト教をスルーするのと同じようなもの。
それだとハイデガー理解は表層的なものにとどまってしまうと思うので、あえてキルケゴールの本を推しておきます。
ただし難しい(とくに最初のページ)ので覚悟は必要。あくまでもオマケです。読むなら注解の詳しいちくま学芸文庫バージョンで。
まとめ
以上、ハイデガーの入門書としておすすめの本を6冊だけ紹介しました。
・木田元『ハイデガーの思想』
・谷徹『これが現象学だ』
・轟孝夫『ハイデガー「存在と時間」入門』
・古東哲明『ハイデガー=存在神秘の哲学』
・細川亮一『ハイデガー入門』
・高田珠樹『ハイデガー 存在の歴史』
こうして見るとどんだけたくさんハイデガーの入門書あるんだって感じだし、どれもクオリティが高くて圧巻です。
なおハイデガー本人の著作に関しては以下の記事で紹介しています。『存在と時間』以外にも興味のある方は参考にしてみてください。
哲学解説記事はnoteに書いてます↓