ショーペンハウアーの読書論【多読をしてはいけない理由】

2022年8月11日

ショーペンハウアーには『パレルガ・ウント・パラリポメナ』と呼ばれる有名なエッセイがあります。

そこから読書に関連する文章を拾ってきたのが『読書について』(岩波文庫)。久々に再読してみましたが、やっぱりこの人の文章は面白い。

どんな内容なのか?

ざっくりポイントをまとめれば以下の2つがメインの主張です。

・多読をするな
・新刊を追いかけるな

多読をするな

ショーペンハウアーは多読に反対します。自分の頭で考える力が衰えるからよくないというんですね。

読書は、他人にものを考えてもらうことである。(ショーペンハウアー『読書について』斎藤忍随訳)

ほとんどまる一日を多読に費やす勤勉な人間は、しだいに自分でものを考える力を失って行く。(同書)

わずかな良書を、熟慮を重ねながら熟読することが大事だとショーペンハウアーは説きます。

とはいえ彼の言葉は割引いて受け取る必要があるともいえます。

そもそもショーペンハウアーの基準って相当高いんですね。博覧強記の学者みたいなのをイメージして多読はダメといってるわけです。

したがって現代日本に生きる普通の人がちょっとやそっと本を読んでも、ショーペンハウアーのいう多読にはならないと思われます。

実際、ショーペンハウアー自身もものすごい教養の持ち主ですからね。平均的な現代人に比べれば、圧倒的な量の本を読んでいるはずです。

 

新刊を追いかけるな

ショーペンハウアーは「良書だけをじっくり読め」といいます。

ではどんな本が良書なのか?これに対して彼は「古典を読め」といい、「新刊にはむやみに手を出すな」と答えています。

読書に際しての心がけとしては、読まずにすます技術が非常に重要である。その技術とは、多数の読者がそのつどむさぼり読むものに、我遅れじとばかり、手を出さないことである。(同書)

新刊は悪書に当たる確率がめっぽう高くなるから、すでに評価の確率した古典を読んだほうが安全だという考えです。

ついでながらいっておくと悪書に当たる確率は、当時のドイツよりも現在の日本のほうがはるかに高いと言えるでしょう。

しかも悪書は役に立たないだけでなく、時間とお金を吸い取りますからね。時間やお金は有限ですから、悪書にリソースを割くほどに、良書からは遠ざかってしまうわけです。

すなわち悪書は、読者の金と時間と注意力を奪い取るのである。この貴重なものは、本来高貴な目的のために書かれた良書に向けられてしかるべきなのに、金銭めあてに、あるいは官職ほしさに書かれるにすぎない悪書が、横から略奪するのである。したがって悪書は無用なばかりか、積極的に害毒を流す。(同書)

こうして、良書を読むコツは悪書を読まないことにあり、悪書を排除するには新刊を追いかけないことが重要だという話になります。

 

『幸福について』も必読

『読書について』は最近、光文社古典新訳文庫からも新訳が出ました。こっちのほうが読みやすさでは上かも。

またショーペンハウアーのエッセイなら『幸福について』も名著です。彼の文章が気に入ったのなら、そっちも読んでみることを猛烈にオススメします。

ショーペンハウアーの主著は『意志と表象としての世界』ですが、これは中公クラシックスから全3巻で出ています。長いのが欠点ですが、カントとかに比べれば圧倒的に読みやすいです。

哲学の本

Posted by chaco