保守主義の先駆としてのヒューム 仲正昌樹『精神論抜きの保守主義』

2022年6月25日

エドモンド・バークに端を発する保守主義は、単なる精神論ではなく、伝統的に形成された制度(法・政治・経済のシステム)を論じる傾向があります。

この制度論としての保守主義に光を当てた解説書が、仲正昌樹の『精神論抜きの保守主義』(新潮選書)。

仲正昌樹は現代哲学系の解説の名人として有名。この人が保守系の思想を論じることはめずらしいのですが、本書もあいかわらず明晰でわかりやすいです。

本書の構成は以下のとおり。

・第一章…ヒュームについて。18世紀スコットランドの哲学者ヒューム。保守主義の解説本にヒュームが出てくることはあまりないので、これは本書の特色(後述)。

・第2章…バークについて。近代保守主義の元祖。『フランス革命についての省察』はあまりにも有名。行き過ぎたフランス革命を批判するところから近代保守主義は始まりました。ちなみに『崇高と美の観念の起源』で打ち出した美学も重要で、これがカントやロマン派に影響を与えることになります。

・第3章…トクヴィルについて。『アメリカのデモクラシー』で有名なトクヴィル。自由を追求したフランス革命が急進化のすえ自由の基盤ごと掘り崩し、逆に自由の破壊へといたったフランスの道行きをトクヴィルは批判します。

・第4章…バジョットについて。19世紀イギリスの政治評論家バジョット。『イギリス憲政論』はバークの前掲書とならぶ保守主義の古典。福沢諭吉をはじめとして近代日本人にも大きな影響を与えました。

・第5章…シュミットについて。20世紀ドイツの思想家シュミット。平時では隠されている、危機の時代にだけ顕になるような根源的諸前提、このレベルで思考を展開するのが彼の特徴。ハイデガー同様、ナチスに接近したことでも知られます。民主主義と自由主義の根本的矛盾についての指摘などきわめて現代的。

・第6章…ハイエクについて。『隷属への道』で有名な経済学者。社会主義に反対するのみならず、政府の公共政策を召喚するケインズにも徹底的に反対します。ナイーブなほどの市場原理主義のベースには彼の保守哲学がありました。

・終章…現代日本の保守主義について。明治維新による近代化&西欧化、敗戦後のアメリカによる改革。これらを通り抜けてきた現代日本。さて現代日本に保守主義が存在しうるとして、それはなにを保守するのでしょうか?これが最終章のテーマです。

なぜヒュームは保守思想の先駆者なのか

デイヴィッド・ヒュームといえば18世紀スコットランドの哲学者。徹底的な懐疑論で有名な思想家です。代表作は『人間本性論』。

哲学史上では地味な扱いをされがちですが、実は強烈な存在です。バートランド・ラッセルはヒュームで一度哲学史は終わると語っていますし(ルソーで別種の哲学が始まる)、廣松渉はもっとも凄い思索はヒュームのそれだみたいなことを言っています。

このヒュームが実は保守主義的な思想の先駆としても認められていると知っていましたか?僕ははじめて知りました。

なぜヒュームが保守主義と結びつくのか?

結論からいうと、彼の懐疑論が逆説的に慣習の尊重を要請し、それが社会・政治思想にも反映するためです。

ヒュームの懐疑論はその徹底さで有名です。理性を疑い、自己自身の同一性すら疑います。しまいには因果律も習慣の一般化にすぎないと言い出す(この議論に衝撃を受けたカントが「いやいや因果律は絶対的で普遍的な法則だ」と主張するのが純粋理性批判です)。

しかし、なんでもかんでも疑って否定して虚無に至るのかというとそうではなく、ここからヒュームは慣習の尊重へと向かいます。慣習こそが理性や自己を支えている、だからその慣習を大事にしようと。

懐疑論というと、知性を尊重してそれ以外を否定しまくるみたいな印象があるかと思います。ヒュームは逆なんですね。極限まで論理を突き詰めて知性そのものを内破し、そこから逆説的に慣習の尊重へと向かうわけです。バートランド・ラッセルをして知性主義のデッドエンドと言わしめたゆえんです。

 

ヒュームのこの態度は彼の社会・政治思想にも反映します。

社会は人間の理性が計算ずくで設計したものではない。比較的上手くいった手続きが結晶化したものが社会であり正義だ。慣習こそが正義や社会を支えているのである。ヒュームはこう考えます。

理性で進歩的なシステムを設計するのではなく、すでにそこにあり機能している制度を尊重するという態度が出てくるわけです。

これがヒュームが保守主義の先駆とされるゆえんです。

ハイエクの反設計主義に通じるものがありますが、実際ハイエクの再評価によってヒュームのこの側面は有名になりました。

 

保守主義は勝者の哲学か?

ヒュームのこの思想はフランスの理性主義と対比されます。フランスは自由や平等の理念で突っ走り、暴走しすぎて大変なことになったのでした(それをバークやトクヴィルに批判された)。

しかし考えてみると、置かれた社会状況が反映している面もある気がしますよね。

フランス、あるいは後の日本やロシアみたいな国は、いわば負けた社会なわけですよね。イギリスみたいに自然と上手くいった社会じゃなく、覇権争いに敗れ、このまま進んだらどうにもならないという局面に追いやられたわけです。

そういう社会が「すでにそこにある制度を尊重」とかは言ってられないと思うんです。どうしてももっと効率的なシステムを考え出す必要が出てくるはず。

そう考えると、保守主義は勝者の哲学なのかという気もしますね。イギリスはたまたま全てが都合よく進んだ社会ですから、すでにそこにあるものを肯定していればとりあえずなんとかなるみたいな面があったんじゃないかと思います。

 

歴史学者としてのヒューム

実はこのヒュームという哲学者は、歴史家としても有名です。『イングランド史』と呼ばれる全6巻の大著をものしています。

これ以前から不思議に思っていたんですよね。なんか違和感がありませんか?あのヒュームが歴史家でもあるなんて。どうもその思想家としての面とそぐわない気がする。まったく関係のない別々の活動をしていたにすぎないのでしょうか?

しかしヒュームの保守主義者としての面を知ったことで、この謎が解けたような気がします。慣習や既存の制度を尊重する思想家なら、自国の歴史を探求してもなんらおかしくないですからね。彼の思想がそのまま、彼を歴史の探求へといざなったのかも。

徹底的な懐疑→逆説的に慣習や習慣を尊重→自国の歴史を研究

おそらく哲学者としてのヒュームと歴史家としてのヒュームには内的な関連性があると思います。

ということで今回は仲正昌樹の『精神論抜きの保守主義』、とくにヒュームに着目してみました。

ヒュームの『人間本性論』は文庫化されるべき。

哲学の本

Posted by chaco