ジンメルの『ショーペンハウアーとニーチェ』をざっくり解説【生の哲学へ】
ショーペンハウアーは西洋哲学にまったく新しい潮流をもちこみ、ニーチェはその影響をもろに受けつつもそれを批判的に組み替えることで自身の哲学を形成していきました。
これは有名な事実ですが、このふたりを同時に扱う論考は意外と多くありません。
貴重な例外がゲオルク・ジンメルの名著『ショーペンハウアーとニーチェ』です。
ジンメルは生の哲学者のひとりであり、デュルケームやウェーバーと並ぶ社会学の祖としても有名です。
彼の『ショーペンハウアーとニーチェ』はどのような作品なのか。以下、ざっくりと解説しつつ、ジンメル自身の生の哲学への流れも辿ってみます。
ジンメルとは何者か
ゲオルク・ジンメル(Georg Simmel, 1858–1918)は、19世紀末から20世紀初頭のドイツで活躍した哲学者・社会学者。
マックス・ウェーバーやエミール・デュルケームと並んで、近代社会学の創始者の一人として位置づけられています。しかも彼の思想は社会学の枠には収まりきらず、哲学、文化論、美学、倫理学にまたがる広大な領域をカバーしていました。
ジンメルはベルリンに生まれ、その生涯のほとんどをこの大都市で過ごしました。ユダヤ系であったことや、既存の学問の枠にとらわれない独自のスタイルが災いして、大学でのポストをなかなか得ることができず、長年にわたって「私講師」という不安定な立場に置かれていました。
しかし彼の講義は、学生だけでなく作家、芸術家、一般市民をも引きつける驚異的な人気を誇りました。聴衆の中にはのちに著名な思想家となるゲオルク・ルカーチやエルンスト・ブロッホもいたそうです。制度的には恵まれなかったにもかかわらず、ジンメルはその時代のベルリン知識人社会の中心的な存在でした。正規の教授職を得たのは、死の2年前、1914年にストラスブール大学に赴任してからのことです。
ジンメルの著作の特徴は、その対象の幅広さと切り口の鋭さにあります。『貨幣の哲学』(1900年)では貨幣という現象から近代精神の変容を解読し、『大都市と精神生活』(1903年)では都市空間が人間の感受性に与える影響を論じ、『流行の哲学』(1905年)ではファッションの中に人間の心理の矛盾を読み取り、『ショーペンハウアーとニーチェ』(1907年)では二人の哲学者を通じて近代文化の本質に迫りました。
哲学の教科書が扱うような大きな形而上学的問題だけでなく、日常の細部(食事、風景、額縁、橋、扉)の中に時代と人間の真実を見出そうとする姿勢は、当時の哲学者としては異例のものでした。
このジンメルの多彩さは、ちくま学芸文庫から出ている『ジンメル・コレクション』で味わうことができます。
思想的な位置づけとしては、ジンメルは「生の哲学」の代表的な論者の一人です。
生の哲学とは、固定した理性的な体系では捉えられない、絶えず流動し変化し続ける「生」そのものを哲学の中心に据えようとする19世紀末から20世紀初頭の哲学的潮流のこと。
ジンメルはこの流れの中で、生が産み出しながらやがて生を縛るようになる「形式」との葛藤を、社会や文化の具体的な現象の中に読み取るという独自の方法を発展させることになります。
ジンメルの『ショーペンハウアーとニーチェ』はどんな作品か
この書物は、1907年にライプツィヒのドゥンカー&フンブロート社から出版された講義録です。
ジンメルが実際にベルリンで行った講義をもとにまとめたもので、当時の彼の講義が学生以外の一般市民や芸術家にまで人気を博していた状況を反映しています。
全体の狙い
ジンメルの目的は、ショーペンハウアーとニーチェの著作を細部まで学術的に検討することではなく、この二人の哲学者を近代文化の典型的な表現として捉え、近代文化の総決算を行うことでした。
つまり、ショーペンハウアーとニーチェを近代文化との関係において読み解くことが、この書物の根本的な問いとなっています。

ニーチェはショーペンハウアーから深い影響を受けながらも、ショーペンハウアーの悲観主義とは対照的な、生を肯定する恍惚的な思想に至りました。ジンメルはこの二人の哲学を対立と連続の両面から照らし出します。
構成は以下の通り。
– 第1講 ショーペンハウアーとニーチェの精神史的地位
– 第2講 ショーペンハウアー:人間とその意志
– 第3講 ショーペンハウアー:意志の形而上学
– 第4講 ショーペンハウアー:厭世観(ペシミズム)
– 第5講 ショーペンハウアー:芸術の形而上学
– 第6講 ショーペンハウアー:道徳と意志の自己救済
– 第7講 ニーチェ:人類の諸価値と頽廃
– 第8講 ニーチェ:高貴性の道徳
前半の6講がショーペンハウアーに、後半の2講がニーチェに。ページ数の配分としてはショーペンハウアーに大きく比重が置かれています。
各講の内容
第1講では、近代の高度に分化・複雑化した社会が持つ特徴として、全体に意味を与える「究極の目的」への渇望が生じることを論じ、ショーペンハウアーの哲学はその統一への郷愁の表現であり、ニーチェの哲学はそこから出発しながら別の方向へと向かったものとして位置づけます。
第2・3講ではショーペンハウアーの「意志」の概念を掘り下げます。意志の形而上学として、個々の生命を突き動かす盲目的な意志の本質が論じられます。
第4講のペシミズム論はとくに注目に値します。ジンメルはショーペンハウアーのペシミズムが、苦しみの量的な計算に基づくのではなく、「悪は生の先験的なものである、欲望の機能であり、生の本質である」という原理的な命題に基づくと整理します。
第5講の芸術論では、芸術の対象とは意志の世界・因果性・個体性から解放された純粋な表象内容であるという議論が展開され、音楽が形而上学的意志の直接的な芸術的表現として特別な地位を与えられます。これはショーペンハウアーの美学の核心を踏まえた論述です。
第6講では、道徳を意志の個体的形式の否定として捉えるショーペンハウアーの倫理学が論じられ、共苦としての愛、禁欲による意志の否定、そして最終的な救済へと議論が進みます。
第7・8講のニーチェ論では、ショーペンハウアーとニーチェの間にはダーウィンがいると指摘されます。ショーペンハウアーが目的なき意志の運動を前にして生の否定へと至ったのに対し、ニーチェは人類の進化の中に生を肯定させる目的の可能性を見出し、頽廃(デカダンス)批判と「高貴性の道徳」が展開されます。

この書物のジンメルにおける位置づけ
この書物は「生の哲学」形成の一側面を伝える西洋精神史上のドキュメントとして位置づけられます。
ジンメル自身も晩年には「生の哲学」を自らの思想的立場として明確にしており、この書物はその形成過程における重要な節目に当たります。
次に、このジンメルの生の哲学の内実を見ていきましょう。
ジンメルの「生の哲学」とは
まず背景として、「生の哲学」は19世紀末から20世紀初頭にかけてのドイツ・フランスに広まった哲学的潮流の総称です。
ショーペンハウアー、ニーチェ、ベルクソン、ディルタイらがその代表格。共通するのは生(単なる生物的な生命ではなく、絶えず流動し変化し続ける生のプロセスそのもの)を哲学の中心に据えようとする姿勢です。
固定した概念や理性的な体系では捉えきれないものを哲学の対象にしようとした運動とも言えます。
ジンメルはこの潮流の中に位置しますが、彼の「生の哲学」は独自の問いから出発しています。
ジンメルの問い:生と形式の矛盾
ジンメルの「生の哲学」の出発点は、一つの根本的な矛盾の観察にあります。
生は絶えず流動する。生命とは固定できないものであり、常に変化し、越えていき、形を変え続けるプロセスです。川の流れのようなものです。
しかし生は必ず「形式(Form)」を作り出す。言語、法律、芸術、道徳、宗教、学問。人間の生は、それを表現し安定させるために、さまざまな文化的・社会的な形式を生み出します。
ここに矛盾が生じます。形式は、生がある瞬間に産み出したものです。しかし一度生み出された形式は固定され、自律し、やがて生とは独立した硬直したものになっていきます。そしてその固まった形式が、今度は生き生きと流れ続ける生を縛り始める。
ジンメルはこの矛盾を「生と形式の葛藤」と呼びます。これが彼の「生の哲学」の核心です。
「もっと生きること」と「生以上のもの」
晩年の主著『生の哲学』(1918年)において、ジンメルはこの議論をさらに深めます。
彼によれば、生には二つの方向への超出衝動があります。
一つは「もっと生きること(Mehr-Leben)」への衝動です。生は現状にとどまることができず、常により多く、より強く、より広く生きようとします。生は量的に自己を超えようとする。
もう一つは「生以上のもの(Mehr-als-Leben)」への衝動です。生は単に量的に増大しようとするだけでなく、生そのものを超えた何か(真理、美、道徳的善、神)へと向かおうとします。生は質的に自己を超えようとする。
この二重の超出衝動の中に、ジンメルは人間存在の根本的なダイナミズムを見ます。
人間は動物のように現状に安住することができず、常に自分自身を超えようとする存在です。しかしその超出が作り出した形式(文化、制度、思想)が、やがて生を縛る。この葛藤は解消されることなく、永続します。
「生の哲学」と文化批判
この枠組みは、ジンメルの文化論・社会論と直結しています。
彼は「客観的文化と主観的文化の乖離」という問題を生涯追い続けました。人間が作り出した文化(客観的文化)、たとえば科学、技術、芸術、制度は、近代においてどんどん膨大になり、複雑になり、専門化していきます。
しかしそれを生きる一人ひとりの人間(主観的文化)は、その膨大な文化をもはや自分のものとして消化しきれなくなっています。
文化は本来、人間の生を豊かにするために生み出されたはずのものです。しかし近代においては、文化の側が肥大化しすぎて、逆に人間が文化に圧倒され、疎外されています。
『大都市と精神生活』の「冷淡な態度」も、『貨幣の哲学』の「価値の平準化」も、この枠組みの中で捉えることができます。
刺激や貨幣という「形式」が、生き生きとした感受性という「生」を押しつぶしている、という構図です。
ベルクソンとの比較
同時代のフランスの哲学者アンリ・ベルクソンも「生の哲学」の代表者であり、ジンメルとよく比較されます。
ベルクソンは「持続(durée)」という概念で生の流動性を捉え、知性よりも直観によって生の真実に迫ろうとしました。
ジンメルはベルクソンほど形而上学的・神秘的な方向には進まず、むしろ社会・文化・日常の具体的な現象の中に生と形式の葛藤を読み取ろうとします。
この点でジンメルの「生の哲学」は、やはり社会学的・文化論的な性格を持っています。
ジンメルの「生の哲学」とは、絶えず自己を超えようとする生の衝動と、生が産み出しながらやがて生を縛るようになる形式との、解消不可能な葛藤を思想の中心に据えた哲学です。
そしてその葛藤の中に、近代文化の豊かさと貧しさの両方を同時に見ようとした点に、ジンメルの独自性があります。
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