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エリスの『敗者のゲーム』をざっくり解説【AI時代に増す重要性】

チャールズ・エリスの『敗者のゲーム(Winning the Loser’s Game)』は、現代の資本市場において個人投資家がいかに振る舞うべきかを、実証的に論じた投資思想の古典。

本書の核心は、「投資の本質は勝ちに行くことではなく、負けを避けることにある」という逆説的な主張にあります。

エリスは、投資をスポーツにたとえながら、なぜ多くの投資家が合理的に行動しているつもりで、結果として市場平均にすら届かないのかを説明します。

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敗者のゲームと勝者のゲームの違い

エリスが提示する「勝者のゲーム」と「敗者のゲーム」の違いは、プレイヤーの勝敗がどこで決まるかにあります。

勝者のゲームとは、卓越した技術によって自らポイントを取りにいくことで勝敗が決まるゲームです。テニスのプロ同士の試合が典型で、鋭いサーブや正確なショットが直接勝利につながります。

一方、敗者のゲームとは、勝とうとして攻めた結果ではなく、ミスを重ねることによって負けが決まるゲームです。アマチュア同士のテニスでは、ラリーが続かず、ダブルフォルトやアウトによって試合が終わります。重要なのは、相手よりも多く得点することではなく、致命的なミスをしないことなのです。

エリスは、現代の投資は後者、すなわち敗者のゲームに属すると論じます。

 

なぜ投資は敗者のゲームへと変貌したのか?

では、なぜ投資は敗者のゲームへと変貌したのでしょうか。

その最大の理由は、市場の高度化とプロフェッショナル化です。現在の株式市場では、世界中の優秀な機関投資家が、膨大なデータ、最先端の分析手法、専門家チームを駆使して取引を行っています。

その結果、企業情報は瞬時に価格へと織り込まれ、明確な「割安株」を見つけることは極めて困難になりました。

この環境下で、個人投資家が頻繁な売買や銘柄選択によって市場を出し抜こうとする行為は、プロ相手にアマチュアが技巧勝負を挑むようなものです。

その結果として起こるのは、売買コストの増大、判断ミス、感情的な行動であり、これらが累積してパフォーマンスを押し下げます。

投資の成果は、優れた判断よりも、避けられた失敗の数によって左右される状況に変わったのです。

 

エリスがインデックス投資をすすめる理由

このような敗者のゲームにおいて、エリスが強く推奨するのがインデックス投資です。

インデックス投資は、市場に勝とうとするのではなく、市場そのものを保有する戦略です。個別銘柄の選択や売買タイミングといった「ミスを誘発しやすい判断」を極力排除し、低コストで市場平均のリターンを確保することを目的とします。

エリスの論理では、投資家の最大の敵は市場ではなく、自分自身の過剰な自信と行動です。インデックス投資は、無駄な取引をしないという規律を制度的に組み込み、敗因となるミスを最小化します。その結果、多くのアクティブ投資家が下回ってしまう市場平均を、安定的に上回る可能性が高くなるのです。

 

AI時代と敗者のゲーム

実は、AI化が進めば進むほど、エリスの主張は重要性を増します。理由は単純で、AIの普及は「投資が敗者のゲームである」という条件を、これまで以上に厳密に成立させるからです。

まず確認しておくべきなのは、エリスの核心的な主張は「人間は愚かだから負ける」という心理論ではなく、市場構造論だという点です。

市場に参加するプレイヤーの平均レベルが上がれば上がるほど、個々人が裁量で市場平均を上回ることは難しくなる。これは人間が相手でもAIが相手でも変わりません。むしろAIは、この構造を極端な形で完成させます。

現在、プロの運用現場ではすでに、AIや機械学習が広範に使われています。大量の財務データ、ニュース、マクロ指標、価格変動、さらにはオルタナティブデータまでが瞬時に分析され、価格に反映されます。

この環境では、「まだ市場が気づいていない割安情報」を個人が見つける余地は、理論的にも実務的にもほとんど残されていません。情報優位は人間からAIへ、さらに組織化されたAIシステムへと移行しているのです。

ここで重要なのは、AIの導入が「市場を非効率にする」のではなく、むしろ効率性を高める方向に働くという点です。多くの人が誤解しがちですが、AIが使われるほど市場はカオスになるのではなく、裁定のスピードが上がり、価格の歪みはより短時間で解消されます。つまり、エリスが指摘した「市場を出し抜くことが困難な環境」は、AIによってさらに徹底されるのです。

この状況下で、個人投資家がアクティブに振る舞うことは、エリス流に言えば「敗者のゲームで勝者の戦略を取ろうとする行為」です。AI同士がミリ秒単位で戦う市場で、個人が裁量的な判断やタイミング投資で優位に立とうとすれば、売買コストや判断ミスが成果を食いつぶす可能性はますます高くなります。敗因は「予測の失敗」ではなく、「参加の仕方」そのものにあります。

だからこそ、インデックス投資やルールベースの長期分散投資の価値は相対的に高まります。AIは市場全体のリターンを奪う存在ではありません。市場全体のリターンは、企業の利益成長という実体経済に根ざしています。

問題は、そのリターンを誰が取り損ねるかです。エリスの論理では、過剰な売買、コスト、感情的反応によって「自ら敗者になる投資家」が、その役割を引き受けてしまう。インデックス投資は、その敗者になるリスクを最小化する装置です。

さらに皮肉なのは、AIが進化するほど、人間に残される役割は「意思決定」ではなく「ルールを守ること」になる点です。恐怖や欲望に左右されず、淡々と市場に参加し続けることは、AIよりも人間のほうが苦手です。

エリスの主張は、この人間的弱さを前提にした現実的な戦略でしたが、AI時代においてその現実性はいっそう際立ちます。

AIはエリスを過去の理論家にするどころか、彼をますます現代的な思想家にします。『敗者のゲーム』は、今後も有効であり続けるどころか、時代が進むほどに重みを増していくと考えられます。

 

『敗者のゲーム』と合わせて読みたい本

チャールズ・エリスの『敗者のゲーム』を読んだ後に読むべき名著は、「同じ結論を別の角度から裏づける本」と「敗者のゲームという前提を理解したうえで、投資家の行動や市場の構造を深める本」に大別できます。

以下、その両面から特に相性のよい古典を紹介します。

バートン・マルキール『ウォール街のランダム・ウォーカー』

まず必読と言えるのが、バートン・マルキールの『ウォール街のランダム・ウォーカー』です。

本書は、株価の動きが予測不能であることを統計的・実証的に示し、個別銘柄選択や市場予測の限界を明確にします。エリスが「投資は敗者のゲームだ」と直観的なたとえで示した結論を、学術研究とデータによって補強している点で、両者は補完的です。

『敗者のゲーム』が戦略論だとすれば、『ランダム・ウォーカー』はその理論的基盤を与える一冊です。

ジョン・C・ボーグル『インデックス投資は勝者のゲーム』

次に挙げるべきは、ジョン・C・ボーグルの『インデックス投資は勝者のゲーム』です。

タイトルから分かるとおり、本書はエリスの議論を実践面から徹底的に展開した内容になっています。市場平均を上回ろうとする試みがなぜ失敗しやすいのか、コストがどれほどリターンを蝕むのかを、平易な言葉で説明しています。

『敗者のゲーム』を読んで「なるほど、理屈は分かった」と感じた読者に、「では具体的にどう行動すべきか」を示してくれる実践書です。

ベンジャミン・グレアム『賢明なる投資家』

三冊目として重要なのが、ベンジャミン・グレアムの『賢明なる投資家』です。

一見すると、割安株投資を説く本であり、インデックス投資と距離があるように思われるかもしれません。しかし、グレアムが繰り返し強調するのは、市場に勝つことではなく、致命的な失敗を避ける姿勢です。

安全域の概念、感情に流されない態度、市場を利用するという発想は、『敗者のゲーム』が説く「ミスをしない投資」と深いレベルで一致しています。エリスの思想の思想史的な源流を知る意味でも、重要な一冊です。

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』

さらに理解を深めるなら、ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』も欠かせません。

この本は直接投資を扱ってはいませんが、人間がどれほど体系的に判断ミスを犯す存在かを明らかにします。なぜ投資家は売買を繰り返してしまうのか、なぜ自分だけは市場に勝てると思ってしまうのか。

その心理的背景を理解すると、『敗者のゲーム』で語られる「投資家自身が最大のリスクである」という主張が、単なる比喩ではなく、人間認知の必然であることが見えてきます。

ウィリアム・バーンスタイン『投資の四原則』

最後に挙げるなら、ウィリアム・バーンスタインの『投資の四原則』です。

本書は、金融史・理論・心理・実践を統合し、長期投資家にとって何が本当に重要なのかを整理しています。

市場はコントロールできないが、分散・コスト・規律はコントロールできるという考え方は、『敗者のゲーム』の思想をより体系的に理解する助けになります。

 

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Posted by chaco