マクニールの世界史は何がすごいのか【初心者には難しい】
中公文庫から出ている、ウィリアム・H・マクニール(William H. McNeill)の『世界史(A World History/後に The Rise of the West)』。
僕の本棚にもありますが、これを読むのは大変ですよね。かなり難しい本です。
なんでこの本がやたら高く評価されているのかというと、単に「よくまとまっている教科書」だからではなく、世界史の書き方そのものを変えたからです。
以下、その「すごさ」をざっくり解説してみようと思います。
マクニールの世界史はここが凄い
マクニールの世界史は結局のところ何がすごいのか?
いくつかポイントを挙げることができます。
文明を孤立した単位ではなく、相互に影響し合うネットワークとして捉えた
まず最大のポイントは、「文明の孤立」ではなく「文明間の接触」を歴史の原動力として据えたことです。
マクニール以前の世界史は、エジプト文明、中国文明、ギリシア文明、イスラーム文明といったように、文明をそれぞれ独立した単位として描く傾向が強くありました。文明は「内部で発展し、やがて衰退するもの」と考えられていたのです。
これに対してマクニールは、歴史のダイナミズムは文明と文明が出会い、影響を与え合うところに生じると考えました。交易、戦争、移民、宗教、技術の伝播などを通じて、人類社会は常に相互に結びつきながら変化してきた、という視点です。
この「接触史観」は、当時としては非常に革新的でした。
西洋の台頭を世界史的文脈の中で説明
次に重要なのは、ヨーロッパ中心主義を相対化しつつも、なぜ西洋が台頭したのかを真正面から説明した点です。
マクニールは「西洋が優れていたから世界を支配した」とは言いません。しかし同時に、「すべては偶然だった」「西洋中心主義は完全に誤りだ」と単純化することもしません。
彼は、西洋の台頭を、
・ユーラシア大陸全体に広がる文明交流のネットワーク
・イスラーム世界、中国、インドからの技術・知識の吸収
・地理的条件と政治的分権性
・軍事・疫病・交易の連鎖的影響
といった複合的な相互作用の結果として説明しました。
つまり、西洋は「孤立して発展した」のではなく、他文明との関係のなかで台頭した存在として描かれているのです。
この点が、単なる西洋礼賛とも、単なる西洋否定とも異なる、知的に誠実なバランスを生んでいます。
総合的な人類史を提示
三つ目のポイントは、政治史だけでなく、社会・経済・技術・疫病まで含めた「全体史」を描いたことです。
王や国家の交代だけで歴史を語るのではなく、
・農業技術や生産力の変化
・交易路の拡大と縮小
・軍事技術の拡散
・疫病(とくにペスト)が社会に与えた衝撃
といった要素を、歴史の中心に据えています。
これは現在でいう「グローバル・ヒストリー」や「環境史」「感染症史」の先駆けとも言える視点で、1960年代にこのレベルで描かれていたこと自体が驚異的です。
「世界史」という学問領域の正当性を確立
さらに重要なのは、「世界史を書くこと自体が可能であり、意味がある」と示した点です。
20世紀半ばまでは、「世界史など大きすぎて学問にならない」「せいぜい寄せ集めにしかならない」と考える研究者も多くいました。マクニールはそれに対して、明確な視点(相互接触)を持てば、世界史は一つの知的体系として描けることを実証したのです。
この意味で『世界史』は、個別研究の成果をまとめた本ではなく、歴史学の地平そのものを広げた書物でした。
まとめると、マクニールの『世界史』がすごいのは、
・文明を孤立した単位ではなく、相互に影響し合うネットワークとして捉えたこと
・西洋の台頭を単純化せず、世界史的文脈の中で説明したこと
・政治史に偏らない総合的な人類史を提示したこと
・「世界史」という学問領域の正当性を確立したこと
この四点にあります。
だからこそこの本は、「古典」でありながら今でも読み返され続け、グローバル・ヒストリーの原点として評価されているのです。
マクニールの本はなぜこんなに難しいのか
実際にマクニールの本を読んでみると、かなり難しいです。おそらく大半のひとが最後まで読めないはず。
難解さの要因はいくつかあります。
「物語」ではなく「構造分析の書」だから
多くの歴史書は、人物・事件・年代という「物語の流れ」で読めます。しかしマクニールは、出来事を並べるよりも、
・文明間の接触
・技術・軍事・交易の連鎖
・社会構造の変化
といった抽象度の高い構造を説明しています。そのため、読者は常に
「いま、どの文明とどの文明の関係を論じているのか」
「因果関係はどこからどこへ流れているのか」
を頭の中で再構成しながら読む必要があります。これは小説的読書とは正反対です。
前提知識を書いてくれない
マクニールは、古代オリエント、ギリシア・ローマ、中国史、イスラーム史、中世ヨーロッパといった基本史実を知っていることを前提に話を進めます。
「ここは復習しません、知っているものとして話します」という態度なので、どこか一分野でも弱いと、全体の流れが急に見えなくなります。
マクニールは「最初に読む本」ではない
マクニールは世界史を一度学んだ人が、もう一段深く考えるための本です。
したがって、
「マクニールが難しい」
=「あなたが合っていない」
ではなく、
「読む順番が早すぎる」
可能性が高いです。
まずはもっと簡単な本または動画で、基礎知識をつけてから挑戦するとよいでしょう。
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マクニールと関連して読むべきおすすめ本
① ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』
マクニールの「文明間接触」「疫病」という発想を、自然環境と生物学の側から拡張した本です。
読みやすさはマクニールよりかなり上です。
② フェルナン・ブローデル『地中海』
難書ですが、「長期構造(長い時間)」で歴史を見るという点で、マクニールと精神的に近いです。
全部読む必要はなく、序論だけでも価値がある超重要作品。
③ マクニール自身の別著
『疫病と世界史』(中公文庫)は文体も比較的平明で、テーマが絞られているため入りやすいです。
この本を読んでから『世界史』に戻ると、理解度が驚くほど上がります。















