『聖書時代史 新約篇』ローマ帝国とキリスト教【書評】
キリスト教そして新約聖書は、どのような時代背景のもとに成立していったのか?
実証的な見地からこれを解説してくれる良書が佐藤研の『聖書時代史 新約篇』(岩波現代文庫)です。
姉妹編の旧約篇(あっちの著者は山我哲雄)が面白かったので、いつかこっちも読もうと思っていました。実際読んでみると、やっぱり良書でした。
想像以上にローマ帝国史ががっつり語られます。ユダヤ教やキリスト教に直接関係しない部分もガンガン描写される。本書の半分くらいはローマ史の記述じゃないでしょうか?
ユダヤ・キリストだけでに関心のある人は「なぜ自分はローマ史をこんなにがっつり聞かされているんだろう」と思うかもしれません。
しかし自分にはぴったりの本でした。ユダヤ人たちやキリスト教の歴史を、ローマ帝国と結びつけたいというのが要求だったので。
何故かわかりませんが、ローマ帝国というものとユダヤ・キリストが、どうも頭のなかで上手いことリンクしないんですよね。本書を読むとそこが改善されます。
ただし扱っているのは五賢帝の時代までで、コンスタンティヌス以降の国教化の流れなどは別書にあたる必要があります。
戦闘的なユダヤ人 ~第一次ユダヤ戦争
ユダヤ人というと、超大国から虐げられたか弱い民族みたいなイメージがあるかと思います。少なくとも僕はそういう印象でした。
しかし本シリーズを読んでみると、そのイメージがだいぶ訂正されますね。実際にはかなり好戦的で、大国相手に何度も反乱を企てているんですよ。
そしてそのたびごとに壊滅的な敗北を喫している。この人たち何度絶滅してるんだと思うほどです。日本でいう第二次大戦みたいのが何回もある感じですね。
とくに重要なのがネロ帝の時代(紀元60年代)に起こった第一次ユダヤ戦争。ローマ帝国相手に大戦争を行いますが、敗北。エルサレムの神殿体制は崩壊します。
ここでキリスト教がユダヤ教から独立する機運が加速したらしい。ユダヤ教はユダヤ教で現在の姿につながる改革へと向かいます。
ユダヤ人たちは戦争難民となり散逸。ある方向に散ったグループが後にマタイ福音書をまとめ、また別の方向に散ったグループが後にルカ福音書をまとめ、という流れになっているようです。
福音書とパウロ書簡でアイデンティティを確立
本書では「ユダヤ教イエス派」という名称がたびたび用いられます。
イエスがキリスト教徒ではなくユダヤ教徒だったのは常識ですが、どうもパウロでさえ自分をキリスト教徒だとは思っていなかったらしい。
その頃はキリスト教など存在せず、イエスを救世主と信じるユダヤ教の分派があったにすぎないんですね。
しかし両者の分離は徐々に進み、第一次ユダヤ戦争でそれが加速します。
ここでキリスト教徒たちが自らのアイデンティティを確立させるために打ち出したのが、福音書とパウロの手紙だった模様。ちなみに、意外なことですが、パウロの手紙は福音書よりも古いテクストです。
パウロといえば信仰義認論。律法に従うことでなく、ただ信仰によって人は救われるのだと説く教えです。
ユダヤ教は律法を大切にしますから、パウロのこの思想は非常に過激なんですね。
言いかえれば、ユダヤ教とは違うキリスト教のアイデンティティとしてこれはうってつけなのです。だからキリスト教のアイデンティファイのために、後代の者たちにパウロ書簡が再利用されたというわけです。
『聖書時代史 旧約篇』もおすすめ
本書の姉妹編『聖書時代史 旧約篇』も非常に面白いのでおすすめです。読み物としてはあっちが上でしょう。
こっちが新約聖書を扱うのに対し、あちらは旧約聖書の成立史を扱います。
新約篇の歴史パートはローマ帝国しか登場しませんが、旧約篇はエジプトとかアッシリアとかバビロニアとかペルシア帝国とかが登場し、より華やかな印象。
ユダヤ教の成立と発展を世界史と結びつけるのに役立ちます。