【洋書】チェーホフ『かもめ』中学生の語彙で書かれた古典【書評】

The Seagullを読みました。

19世紀ロシアの文学者チェーホフの代表作『かもめ』の英訳バージョンです。

シェイクスピアのような劇作。後期のチェーホフ作品はこのような劇作が中心です。

『かもめ』の場合は実際に、シェイクスピアの『ハムレット』へのオマージュ的な要素もあります。

演劇のなかで演劇を対象化するという、いわばメタ演劇のような作品としても読めるんですね。

チェーホフの文章、読みやすすぎ

チェーホフは文章の読みやすさ、簡潔さで有名です。とくに後期の作品になるとそれが顕著。

中学生の語彙で書かれているとすら言われるんですね。

ロシア語の初級者でも、チェーホフの作品は読めてしまうそうです。

 

原文の簡潔さが反映したためでしょう、英訳も読みやすいです。

ハリーポッターの第一巻とチェーホフの英訳、どっちが読みやすいかといえば、後者だと思います。

洋書多読の初級者に、チェーホフの英訳をおすすめするのはけっこうアリかも。

 

退屈と苦悩

チェーホフの作品はどれもそうですが、『かもめ』にも独特の気だるさが漂っています。時間が静かに滞っているかのような、倦怠の空気感が格別。

ショーペンハウアーは人の一生を退屈と苦悩のあいだを揺れ動く振り子に例えました。

それになぞらえれば、本作の主人公は退屈を、ヒロインのニーナは苦悩を代表しているといえるでしょう。

 

新潮文庫版のあとがきではニーナの忍耐に希望を見いだしたりもしています。

でもそれはどうなんでしょうね。希望とかいわれると作品の説得力が落ちるような気がします。

チェーホフは実証的医学の道を進んだ無神論者であり、ドストエフスキーのような信仰や、トルストイのような情熱をもちあわせていませんでした。

現代にも通じる虚無と退屈のどん底にいるのがチェーホフだと思うんですね。

だからこそ現代のわれわれの倦怠に寄り添うことができるのだと考えたいところです。