『小説の経験』大江健三郎のドストエフスキー【書評】
大江健三郎の『小説の経験』(朝日文芸文庫)を読みました。
ノーベル文学賞作家、大江健三郎の文学エッセイを集めた本です。
大江の本は読んだことがないのですが、ドストエフスキーを論じているとなれば見過ごせない。
とくに印象的なのが、ドストエフスキーを取り上げた2編。「愉快なドストエフスキー」と「元気の出る『罪と罰』」です。
タイトルからして興味深い感じ。
ドストエフスキーは深刻なテーマを扱いますが、その作品にはふしぎと暗さはなく、むしろ読者を励ますような力がある。大江健三郎はそう指摘しています。
これはよくわかりますね。暗い話なのに、読者をジメジメと鬱屈した気分にはさせないという。ドストエフスキーの作品にはむしろ、世界を超越するような解放感すらあります。世界を笑い飛ばすかのような。
大江はそれを愉快とか元気が出るとかいう言葉で表現していますが、カントの言葉を借りれば、崇高性をもっていると表現できると思います。
人間のスケールに収まるのが美であり、それを超越すると崇高です。
崇高性にふれたとき、ひとは自分をがんじがらめにしていた常識的世界が崩壊するのを感じ、結果、「元気が出る」というわけです。
崇高のレベルにある作品を書ける作家といえば、ドストエフスキー以外にはシェイクスピアがいると思います。シェイクスピアの四大悲劇などは、まさに大江のいう「人を励ます力」に満ちていますね。