ヴェルサイユ・ワシントン体制への反逆 中村隆英『昭和史・上巻』【書評】

2020年3月1日

中村隆英の『昭和史』上巻を読みました。丸谷才一が書評で激賞していて、そこで興味をもったのが本書を買ったきっかけです。

一般的にもきわめて高い評価を得ている昭和史ですね。経済学者が書いた歴史書という点にユニークさがあり、経済データが多数引用されます。

正直なところ読みやすくはなかった。かなり堅い文章。本格的な本です。昭和史の入門にこれを読んでもほぼ確実に挫折すると思います。

最初の1冊には半藤一利の『昭和史』(平凡社ライブラリー)のほうがおすすめ。あれでまず全体像をつかみ、次に本書を読めば、順調に理解が深まると思います。

 

第二次世界大戦はヴェルサイユ・ワシントン体制への反逆

上巻で扱われるのは第一次世界大戦後から第二次世界大戦の終結まで。国内政治でいうと、原敬の時代からスタートします。

この時代をわかりやすくまとめると、ヴェルサイユ・ワシントン体制の成立とその崩壊ということになります。

 

原敬が親英米派コースをリード

第一次世界大戦の勝利者が作り上げた現状維持のシステムがヴェルサイユ・ワシントン体制でした。アメリカ、イギリス、フランスなどが中核です。

日本の新英米派はそれに参加します。西園寺公望をはじめとした、天皇の側近グループが代表ですね。

この路線は当初、原敬のリードのもとで順調に進んでいきました。ワシントン会議までは原敬の路線で日本は動いていたといいます。

おそらく原敬の暗殺がなければ、その後の昭和史はあれほど壊滅的なものにはならなかったでしょうね。

 

既成秩序への反逆

しかしこのヴェルサイユ・ワシントン体制に不満をもつ勢力もありました。そうした勢力がとくに強かった国がドイツ、イタリアそして日本です。

彼らからしてみればヴェルサイユ・ワシントン体制は正義のシステムでもなんでもなく、持てる者の利益を保存するための現状維持システムにすぎず、そこから閉め出された自分たちが割を食うことになるのですから。

若き近衛文麿の論文がこのロジックをわかりやすく解説しています。「英米本位の平和主義を排す」というやつです。

こういう考え方は強引な被害妄想でもなんでもなく、国際政治学的に見ればむしろ常識的なものといえるでしょう。

 

世界恐慌から第二次世界大戦へ

そして1929年の世界恐慌をきっかけにこの不満が表面化します。

ミルトン・フリードマンらはアメリカのFRBが取った金融政策のせいで世界恐慌があれほど深刻なものになったと論じていますが、FRBがもう少し上手な政策を行っていたら、世界史のコースはだいぶ違っていたかもしれません。

世界経済は一気に冷え込み、日本、ドイツ、イタリアでは急速に好戦的なムードが社会を支配していきます。

そしてついには連合国側すなわちヴェルサイユ・ワシントン体制の擁護者たちとの全面戦争に突入していく。

それが第二次世界大戦でした。

第一次世界大戦の終結にともなう国際的な秩序構築、そしてそこから閉め出された者たちの反逆としての第二次世界大戦。本書が最後にまとめるこの構図はとてもわかりやすいですね。

既成のパワーバランスをひっくり返す試みをモーゲンソーは帝国主義と呼びますが、第二次世界大戦はこの意味での帝国主義戦争だったといえるでしょう。

 

第二次世界大戦の終結から冷戦へ

挑戦者たちの野望は失敗しました。ドイツはソ連に手を出したことが、日本は独ソ戦開始の時に南進論を取ったことが命取りになりましたね。もっとも、日中戦争を開始した時点で地獄への道を歩み始めていたのですが。

というかドイツと日本にはぜんぜんチームワークがないですよね。三国同盟でドイツが日本に期待した役割はアメリカを大戦に参入させないことだったそうですが、日本はものの見事にアメリカを引き込んできました。

独ソ戦開始のときに南進論を取るのではなく、松岡洋右が主張したようにソ連を挟み撃ちにしていたらどうなったのでしょうか?

 

枢軸国に勝利した連合国でしたが、やがてアメリカとソ連の対立が表面化し、世界は冷戦に突入します。

 

印象的だった箇所

以下、印象的だった箇所をメモしておきます。

・東北出身の原敬は終生、薩長の藩閥勢力を敵視していた

1920年代の日本は都市化の時代

・満州国は統制経済の実験場でもあった(たしか岸信介がここにいましたね)

1930年代半ばの日本は工業化の時代

・1931年以降、日本は一気に右傾化する

・2.26事件で新英米派と陸軍皇道派が没落し、統制派の天下に

・近衛文麿にはこれといった政策構想がなかった

・日中戦争から思想統制が公然化した

・国民の99%が戦争に熱狂していた

・大戦の結果アジアはヨーロッパの支配から脱したが、それは予期せぬ結果

・日本の戦時体制にはすべてに超越する独裁者がいなかった。これをファシズムと呼べるのか(これは未完のファシズム(片山杜秀)という問題につながりますね)