【洋書】カズオ・イシグロ『日の名残り』没落するイギリス、無意識の検閲

2021年2月7日

The Remains of the Day(邦題は『日の名残り』)を読みました。ノーベル文学賞作家カズオ・イシグロの代表作の一つです。

正直70ページぐらいまでは苦行に等しかったですね。

まず文章が話に聞いていたほど読みやすくはなかったです。決してスラスラ読めるような類の本じゃないと思う。

しかも話の内容も独特な平坦さがあって、あんまり引き込まれない。

しかし70ページを過ぎたあたりから様子が変わりました。

イシグロの文体にも慣れ、さほどの苦労もなく読めるように。内容的にも話の方向性がわかり、徐々に没入できるようになります。

終盤にいけばいくほど面白いです。年を取るほどに味わえる作品だと思う。もっと年を取ってから読み返したらさらに楽しめそうですね。

 

ナレーションの歪み、そして没落する英国

主人公は英国の大屋敷ダーリントンホールの執事スティーブンス。時代は1956年。

スティーブンスが車(フォード)に乗って旅をします。旅のあいだ、彼は過去に思いを馳せる。その回想を読者はともに追いかけることになります。

スティーブンスの一人称の語りに歪みが発生している点がこの作品のポイントの一つ。スティーブンスのナレーションには無意識の嘘が忍び込んでいるのですね。

無意識が語りを歪ませるというのはフロイト的な精神分析では常識ですが(無意識による検閲)、小説にこのメカニズムが応用されるのは珍しいのではないでしょうか?

 

スティーブンスが思い出すのは第二次世界大戦前のダーリントンホール。確固とした価値観が存在し、スティーブンスは執事としての役割を全うしようとしていました。

今はもう過ぎ去ってしまった栄光の世界。この世界にはおそらく、イギリスそのものが重ねられているのでしょうね。

現在のダーリントンホールが、アメリカ人のファラデイに所有されていることがそれを象徴しています。アメリカ車フォードを運転して旅をするスティーブンスという構図も、大戦後のイギリスを戯画化したものといえそうです。

ハイライトは終盤のミス・ケントンの台詞。とても魅力的な語りで、ローカルな文脈を超越する普遍的な魅力を物語に添えています。

 

カズオ・イシグロ、普通におもしろい

なんだか小難しそうなイメージがあってカズオ・イシグロは敬遠していたのですが、読んでみると普通におもしろかったです。

20世紀の有名作家(たとえば村上春樹)にありがちな、人を選ぶ作風ではないと思います。少なくともこの『日の名残り』に関していえば普通におもしろい。

他のイシグロ作品もペーパーバックで見かけたら買ってみようと思います。とくに気になっているのは『忘れられた巨人』ですね。