日本モダニズム小説の先駆は夏目漱石か 丸谷才一『闊歩する漱石』【書評】
夏目漱石は日本におけるモダニズム小説の先駆だった。これが丸谷才一『闊歩する漱石』の中心テーマです。
漱石初期の代表作3作(『坊っちゃん』、『三四郎』、『吾輩は猫である』)を取り上げ、後期を重視する従来の漱石像を大胆に打ち崩していきます。
モダニズム小説とは何か?
そもそもモダニズム小説とはなんでしょうか?
一言で言えば、19世紀タイプの小説への反抗です。この運動が19世紀末~20世紀初頭にかけて盛り上がりました。
19世紀の小説は、道徳的で、写実的で、伝統を軽んじる進歩主義的な作風を特徴としていました。それがフランスではブルジョワ趣味と、イギリスではヴィクトリアニズムと、アメリカではピューリタニズムと結びついていた。
モダニズム小説とはこのような19世紀型の文学への反抗です。したがってそれは反写実主義、反個人主義、伝統への回帰といった特徴をもっています。
モダニズムを代表する作家には例えばプルーストやジョイス、エリオット、カフカなどがいます。
注目すべきは、モダニズム小説の特徴として伝統への回帰が挙げられている点です。
ジョイスにせよプルーストにせよ、その方法は奇抜で前衛的というイメージがありますよね。それまでになかった、まったく新しいことをやっているという印象がある。
しかしこれは事実の反面にすぎないわけです。彼らは19世紀の小説を打ち倒すために、むしろ古代や中世の文学的伝統を蘇らせた。それを現代流にアレンジした結果が、あの前衛的な作風につながっているのです。
モダニズム小説はただ単に新しいのではなく、伝統の継承という面を備えている点が重要です。
モダニズム小説が誕生しつつあった20世紀初頭のロンドンに、日本からひとりの留学生が訪れていました。
それが夏目漱石にほかなりません。
丸谷は漱石がモダニズム小説の潮流から影響を受けたことを指摘し、その初期作品を読み解いていくのです。
世界文学史のなかに漱石を置く
この『闊歩する漱石』の魅力は、長大な文学的伝統の流れのなかに漱石を位置づけるところにあります。今まで気づかなかった漱石の一面が見えてきます。
例えばフィールディングやスターンが漱石に与えた影響について。
そもそも漱石は『吾輩は猫である』と『坊っちゃん』を書いている時期に、大学では18世紀の英文学について講義をしていました。
ここから丸谷は、『猫』がスターンの『トリストラム・シャンディ』から、『坊っちゃん』がフィールディングの『トム・ジョーンズ』から影響を受けた可能性を指摘します。
またイギリス発のコミックノベルの系譜に漱石を位置づけるのも興味深い。
シェイクスピアの喜劇から始まったこの潮流は、18世紀のフィールディングらに継承され、19世紀のオースティンが洗練させ、ディケンズが大成させました。
そしてディケンズがロシアのドストエフスキーとフランスのプルーストに影響を及ぼした一方で、フィールディングは日本の漱石に影響を与えた。
ちなみに漱石はオースティンからも影響を受けており、それがもっとも顕著に表れた作品が『三四郎』です。
『文学のレッスン』と『日本文学史早わかり』もオススメ
丸谷才一はわかりやすい文学史の本をほかにも何冊か出しています。
世界文学の歴史を把握するには、新潮文庫から出ている『文学のレッスン』が圧倒的におすすめ。インタビューの形式になっていて、すらすら読めます。
『日本文学史早わかり』(講談社文芸文庫)も名著です。
こちらは和歌を中心に日本文学史を再構成する野心作。これも読みやすいです。
文学史を学ぶなら、まずは丸谷の本を手に取るとスムーズに全体像を把握できます。